傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

要求コミュニケーションのゆくえ

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それでリモートワークが定着してしばらく経ち、出社時のコミュニケーションもだいぶ電子化された。そのためにわたしはものすごくほっとしている。渡邉さんからの働きかけが激減した…

彼女の無邪気な異文化体験

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それで活性化したのがオンラインのつながりである。わたしは本名ベースのSNSのアカウントを持っているが、投稿はしていない。属性だけ変える。そうすればいちいち「転職しました」と…

千羽鶴と魔女

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。医療福祉職は「エッセンシャルワーカー」という、疫病下で新しく作られたカテゴリの筆頭とされ、だからわたしの仕事はずっとよぶんではない。 よぶんでない仕事の負荷は高まり、それ…

ふるまいのコード

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから長い時間が経って、レストランはなんとなく再開しているところが多い。しかしわたしの伯父の寿司屋はこのまま休業をつづけて、どうかすると廃業するかもしれないという。 わ…

かつてこの世界にあったバーという場所について

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。レストランは「よぶん」と「よぶんでない」の中間くらいの扱いで、なんとなく「まあちょっとはいいんじゃないか」という雰囲気になっている。この雰囲気というのがくせもので、根拠…

あなたの最後のパーティ

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにいくつかの事象が絶滅する見通しだ。そのうちのひとつがパーティである。 この世界にはかつて、知らない人を含む多数の人間が集まって飲食をともにし、特段の目的もなくさ…

ママの最後の呪文

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしにとって母はよぶんなので、疫病以来直接に顔を合わせていない。そして母はわたしが設定して送ってあげたタブレットを使って映像で話すことを好きではない。手足もウエストラ…

どうして友だちと会えないの

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そうすると一緒に住む人間の重要性は良くも悪くも増す。事態の長期化もあいまって周囲では家庭生活の変化についての話が多くなった。このたびPCの画面越しに話している友人は離婚す…

夜の社交場

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。とくに槍玉に挙げられたのが夜の繁華街である。「夜の街」というタイトルでホストやホステスのいる店が感染源であるかのように扱われた。 わたしは個人的にそうした接待を受けるのが…

ゲームとたき火

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために外出せず遊べるゲームが人気である。僕は据え置き型のゲーム機を起動しっぱなしにしている。そうして仕事から帰ると(仕事はわりとすぐオフィス通いが復活した。ダイニン…

両親との密会

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。帰省はよぶんであるということになっているようだ。オンラインでやる、というのが現在の「正解」と目されている。 もちろんオンラインでも両親と話をしている。わたしの父親は幸いテ…

わたしは選ばれなければならない

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。小学生も中学生もしばらく学校に行けなくなり、そのあと行けるようになった。大学生だけが学校に行けないままだ。正確に言うと、どうしても行かなければならない(と大人たちが判断…

偽物の期限

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。僕が恋人でない女と暮らしはじめたのはそのせいである。 僕には去年の年末までつきあっていた人がいた。美しい人だった。意思が強く計画的で、人生に求めるものが明確な女性だった。…

顔面偏差値の追放

またあの子も一緒に三人で食事でもしようよ。私がそのようなメッセージを送ると、友人は半日おいて返信をくれた。マキノと二人ならいい。彼女は、悪い人ではないのだろうけれど、わたしは、しばらく一緒に食事をしたくない。 友人はそこで通話に切り替える。…

都心のスケッチ

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしの自宅である麻布十番近辺の人通りはおそろしく減った。それから少し戻り、また落ち着いた。ここは繁華街とも住宅街とも言い切れず、古くからある町工場も残っていて、どうに…

疫病と様式

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。子どもの小学校も休校になった。夫は出勤せざるをえないが、わたしはリモートワークが主になった。子どもが生まれてすぐから頼りにしている近隣に住む母を呼ぶことはためらわれた。…

ぐれてやる、息子とふたりで

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。子どもの小学校も休校になった。学校は不要で不急だったらしい。ふーん。知らなかった。そんなわけで親業の内容はふくれあがった。授業なし、給食なし、子ども同士の遊びなし。親御…

うしなわれた毛づくろいを求めて

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしの仕事ではときどき要で急とみなされる業務内容があるらしく(それを判定するのは上司というより「空気」であり、とらえどころがなさすぎて、わたしには「気分」と区別がつか…

わたしのかわいい放浪

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから長い時間が経ち、不要不急の代表格である旅行が好きな人間はだいぶ弱ってきた。わたしもそのひとりである。 わたしが思うに旅行好きには二種類あって、きちんとしたレジャー…

世界を試す

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから長い時間が経ち、世界はすっかり変わってしまった。そのためにわたしは無意味な賭けごとがしたいという気持ちでいっぱいになっている。 学生の時分に何度か酔っぱらって路上…

彼女の最後の犬

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。人が死んで出かけるのは「要」で「急」とされている。しかしこのたび死んだという知らせが来たのは犬である。親戚の犬が死んだから県境を越えて出かけるというのは、今のこの国の基準では「不要不急」で…

地面につながる

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。最初の一、二ヶ月くらいはリモートワーク効率的でいいじゃんと思っていたし、Zoom飲みもしょっちゅうやった。僕はわりと社交的なたちで、呼ばれれば行くし、自分が声をかけて人を集めるのも嫌いではない…

まろやかな地獄

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。職場においてもできるかぎりのリモートワークが推奨されたが、ものには限度がある。「不要不急」の範囲は感染状況だけでなく政治的な要因で拡大縮小され、さらにそれを「忖度」した人々が他者を監視し、…

僕が正常になった日

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。そのために人々は個人的なコミュニケーションに困り、インターネット越しに話したりしていたようである。僕にはそういうのはとくに必要ないのでやらなかった。数ヶ月間くらい私的なコミュニケーションが…

そしてわたしは嘘をつく

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。しかしながら引っ越しはいまだ認められている。「要」で「急」であるという審査を通るかぎりにおいて。具体的には労働もしくは「家族」の要請するかぎりにおいて。 この社会は第一に自助、それから血縁・…

ステイ、ホーム、ステイ

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。そのためにわたしは血眼で自宅にいながらしてできる賭けを探している。 公営ギャンブルや商業的なギャンブルはやらない。わたしにはそれほどおもしろく感じられないからだ。小銭を賭けて胴元に一定額を巻…

僕の運命の男

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。だから僕は僕の運命の男に会うことはもうないのだろうと思う。 色恋沙汰の話ではない。彼は僕の高校の同級生で、特段に親しいというのでもない。差し向かいで話したのは数えて十回ばかりである。でもその…

そして、どこへも行かない

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。わたしは病人である。けれども流行している疫病ではない。もっとよくある病気だ。国民の死因の三割を占めているほどである。罹ればすぐに死ぬのではない。わたしの場合もすぐに死ぬのではない。一度長期…

わたしの必要としていた家族

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。高校生の娘の通う高校も自宅学習になり、受験はどうするのかと心配していた。すると娘はけろりとして、わたしもともと自習タイプだから、と言う。なんでも校外学習でどんな学習のしかたが自分に合ってい…

やわらかな指を待つ

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。化粧品を買う行為はどうやらよぶんとよぶんでないものの中間と見なされているらしく、百貨店では買えないがドラッグストアでは買える。誰がその要不要の境界線を決めているのかは知…