傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

両親との密会

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。帰省はよぶんであるということになっているようだ。オンラインでやる、というのが現在の「正解」と目されている。 もちろんオンラインでも両親と話をしている。わたしの父親は幸いテ…

わたしは選ばれなければならない

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。小学生も中学生もしばらく学校に行けなくなり、そのあと行けるようになった。大学生だけが学校に行けないままだ。正確に言うと、どうしても行かなければならない(と大人たちが判断…

偽物の期限

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。僕が恋人でない女と暮らしはじめたのはそのせいである。 僕には去年の年末までつきあっていた人がいた。美しい人だった。意思が強く計画的で、人生に求めるものが明確な女性だった。…

顔面偏差値の追放

またあの子も一緒に三人で食事でもしようよ。私がそのようなメッセージを送ると、友人は半日おいて返信をくれた。マキノと二人ならいい。彼女は、悪い人ではないのだろうけれど、わたしは、しばらく一緒に食事をしたくない。 友人はそこで通話に切り替える。…

都心のスケッチ

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしの自宅である麻布十番近辺の人通りはおそろしく減った。それから少し戻り、また落ち着いた。ここは繁華街とも住宅街とも言い切れず、古くからある町工場も残っていて、どうに…

疫病と様式

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。子どもの小学校も休校になった。夫は出勤せざるをえないが、わたしはリモートワークが主になった。子どもが生まれてすぐから頼りにしている近隣に住む母を呼ぶことはためらわれた。…

ぐれてやる、息子とふたりで

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。子どもの小学校も休校になった。学校は不要で不急だったらしい。ふーん。知らなかった。そんなわけで親業の内容はふくれあがった。授業なし、給食なし、子ども同士の遊びなし。親御…

うしなわれた毛づくろいを求めて

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしの仕事ではときどき要で急とみなされる業務内容があるらしく(それを判定するのは上司というより「空気」であり、とらえどころがなさすぎて、わたしには「気分」と区別がつか…

わたしのかわいい放浪

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから長い時間が経ち、不要不急の代表格である旅行が好きな人間はだいぶ弱ってきた。わたしもそのひとりである。 わたしが思うに旅行好きには二種類あって、きちんとしたレジャー…

世界を試す

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから長い時間が経ち、世界はすっかり変わってしまった。そのためにわたしは無意味な賭けごとがしたいという気持ちでいっぱいになっている。 学生の時分に何度か酔っぱらって路上…

彼女の最後の犬

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。人が死んで出かけるのは「要」で「急」とされている。しかしこのたび死んだという知らせが来たのは犬である。親戚の犬が死んだから県境を越えて出かけるというのは、今のこの国の基準では「不要不急」で…

地面につながる

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。最初の一、二ヶ月くらいはリモートワーク効率的でいいじゃんと思っていたし、Zoom飲みもしょっちゅうやった。僕はわりと社交的なたちで、呼ばれれば行くし、自分が声をかけて人を集めるのも嫌いではない…

まろやかな地獄

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。職場においてもできるかぎりのリモートワークが推奨されたが、ものには限度がある。「不要不急」の範囲は感染状況だけでなく政治的な要因で拡大縮小され、さらにそれを「忖度」した人々が他者を監視し、…

僕が正常になった日

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。そのために人々は個人的なコミュニケーションに困り、インターネット越しに話したりしていたようである。僕にはそういうのはとくに必要ないのでやらなかった。数ヶ月間くらい私的なコミュニケーションが…

そしてわたしは嘘をつく

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。しかしながら引っ越しはいまだ認められている。「要」で「急」であるという審査を通るかぎりにおいて。具体的には労働もしくは「家族」の要請するかぎりにおいて。 この社会は第一に自助、それから血縁・…

ステイ、ホーム、ステイ

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。そのためにわたしは血眼で自宅にいながらしてできる賭けを探している。 公営ギャンブルや商業的なギャンブルはやらない。わたしにはそれほどおもしろく感じられないからだ。小銭を賭けて胴元に一定額を巻…

僕の運命の男

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。だから僕は僕の運命の男に会うことはもうないのだろうと思う。 色恋沙汰の話ではない。彼は僕の高校の同級生で、特段に親しいというのでもない。差し向かいで話したのは数えて十回ばかりである。でもその…

そして、どこへも行かない

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。わたしは病人である。けれども流行している疫病ではない。もっとよくある病気だ。国民の死因の三割を占めているほどである。罹ればすぐに死ぬのではない。わたしの場合もすぐに死ぬのではない。一度長期…

わたしの必要としていた家族

疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。高校生の娘の通う高校も自宅学習になり、受験はどうするのかと心配していた。すると娘はけろりとして、わたしもともと自習タイプだから、と言う。なんでも校外学習でどんな学習のしかたが自分に合ってい…

やわらかな指を待つ

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。化粧品を買う行為はどうやらよぶんとよぶんでないものの中間と見なされているらしく、百貨店では買えないがドラッグストアでは買える。誰がその要不要の境界線を決めているのかは知…

パンとコーヒーとアフリカの夢

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。誰がどうみても「よぶん」でない最後の聖域は食料品と日用品の買い出しである。 僕はカフェを経営している。そしてわりと空気を読むタイプである。空気を読んで早々に業態を切り変え…

恥と命令とプライドと

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。外出は通勤を含む。そのために対面を必須としない業務は大急ぎで在宅勤務に移行した。具体的にはインターネットを経由して仕事をするようになった。わたしの職場はIT系ではない。だ…

関係は減衰する

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。家族のほかは届け出をした相手にしか対面で会うことができない。とんだ国家だが、ここよりほかの場所に行くための許諾はしばらく下りそうにない。 他人とのかかわりを減ったことを嘆…

家族を分ける

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。遠方の親族に会いに行くのも「自粛」の対象である。私的なコミュニケーションの大部分がオンラインに移行し、そして、オンラインでの飲み会といった集まりの物珍しさが減衰すると、…

子育てを終える

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。 産んでもいない子を育て上げたような気がしていた。彼らがもうずいぶんと大きくなったので、もういいやと思った。疫病が流行した、この春のことである。 もちろんそれはわたしの子…

わたしがどこへも行けなくても

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。ほどなく私用の海外旅行や、まして移住は、事実上不可能になった。 わたしは休みの日には女の格好をしていた。いつかそういう格好で職場に行きたかった。そういう格好のまま彼氏を見…

オホーツクに行く

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。渡航するべきでない国がひとつひとつ指定され、ほどなく私用の海外旅行は事実上不可能になった。職業上の理由による渡航も大幅に制限された。要か不要か判断しにくい渡航をした者は…

お知らせ

近ごろの注文原稿についてお知らせします。 文藝春秋『文學界』2020年2月号に書評を書きました。吉田修一『逃亡小説集』について。紙媒体のみです。昨年に河出書房新社『文藝』に書いたエリザベス・ストラウト『何があってもおかしくない』の書評はWebで読め…

期間限定私設美術館

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしたちは家のなかに引きこもり、ちいさくちいさくなって暮らした。 最初は都心のデートスポットだった。 わたしがもっとも好ましく思うデートコースは、都心の高い高いビルディ…

不要不急の唇

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしたちは必要なものを買いに行くふりをして外出した。わたしと彼の給与の財源はともに税金である。だからわたしたちは行儀よくしていなくてはならない。そうでないと職場に苦情…