傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

典型に回収される

 あの子ね、もうわたしたちの話、通じないよ
 グループLINEから抜けた同級生について、一人がこのように投稿した。それは時たま思い出したように動くだけの、やけに多くの同級生が加わっているグループで、だから誰かが「退室した○○って、誰のこと?」と投稿するまで、わたしはメンバーが減ったことに気づいていなかった。LINE上の名前は本名とはかけ離れたものに変更されていて、だからわたしには誰だかわからなかった。「××のことだよ」と本名を教えてくれる投稿があり、そして、「もう話は通じない」との投稿が続いた。
 その後、わたしは「もう通じない」と投稿した元同級生に個別のメッセージを投げた。単純に気になった。
 わたしたちは通話することにした。そして彼女は語った。あの子、と彼女は言った。子、というような年齢では、わたしたちはとうにないのだけれど、彼女にとってはいつまでも「子」であるらしかった。

 変な男とばかりつきあってたでしょ、あの子。ほらあなたも「いやあ、もう、その話はいいよ」って言ってたじゃない。十年近く前かなあ。あのあたりから、あの子に会うのをやめる人が増えたの。
 でも状況は変わらなかった。うん、つまり、彼氏ができて、もしくは彼氏らしき何かができて、彼女の家に来て、えっと、相手は既婚者とかだから、相手の家には行かないのよ、彼女の家に来る、で、来なくなる。あの子はそれを嘆く。
 そこまでは知ってるよね。いつものパターン。わたしはあの子のこと大事だったから、みんなが敬遠してからも、話を聞いていた。
 そのうちあの子はスピリチュアルにはまった。スピリチュアルカウンセラーとかっていう人が、インターネットにいるんですって。そういうのが全部いけないとはわたしは思わないよ、わたしだって占い師に占ってもらったことある、でもそういうのはさ、遊びだったり、話を聞いてもらってすっきりするためのものでしょ。
 あの子にはそうじゃなかった。「真実」を語るものだった。

 その「真実」によれば、あの子の相手の男は「運命の人」なの。運命だからこそ離れる時があるんですって。専門用語をまくしたてるんでよくわからなかったんだけど、「運命の人とは、離れざるをえないときがあって、それによって二人の魂のステージが高まる」んだそうです。でね、運命の人にはランクがあって、あの子の恋愛の相手はいつも運命の人で、どんどんランクの高い運命の相手に巡り会ってるんだってさ。
 ここまでくると占いじゃない。与太話だよ。
 でもその与太話を、あの子は必要とした。
 あの子にはどうしても「運命の人」が必要だった。そしてそれは絶対に男で、絶対に恋愛対象でなくてはならなかった。あの子はどうしても、運命の男に選ばれて愛されなければならなかった。
 どうしてだろう。職があって、生活して、友だちがいて、趣味があって、きょうだい仲もよかったし、ご両親もまだお元気で、でもあの子にとってそんなのは「運命の男」の足元にも及ばないものなんだ。あの子を心配してあれこれ言うご家族やわたしやほかの友だちは、価値がないんだ。そしてわたしたちを、「魂のステージが低い」者として扱うんだ。
 どうしてかな。「運命の男」って、そんなにいいものなのかな。わたしにはそんなのいないよ。いなくていいと思ってるよ。わたしがそんなだから、あの子はわたしのこと、嫌いになったんだ。

 わたしは何も言えなかった。彼女はとても悲しそうだった。でも同時に、それが世の中では珍しくもない話だと、わかってもいるみたいだった。
 どこかへ行ってしまう人たちは、最初はひっそりと、典型的な行動をとる。その型の一つが、ある種の不均衡な恋愛である。片方が神さまで、もう片方が信者で、神さまに別途恋人や配偶者がいるような、あれだ。一度やそこらなら「そんな恋愛をすることもあるんだ」と思えないこともない。
 でも、どこかへ行ってしまう人たちは、それを繰りかえす。そしてしだいにかたくなになる。スピリチュアル商法の顧客になるのもその後の典型のひとつだが、そうでなくても、周囲の人からしだいに遠ざかってしまう。

 わたしが悲しいのは、そうした過程でその人の個性がどんどん見えなくなることだ。その人たちはなぜだか、典型に回収されてしまう。細かな個別性が、だんだん見えなくなってしまう。同じようなことをして、同じようなことを言う。
 人間は典型ではないはずなのに、なぜだか、典型に回収されてしまう。

 もういいんだ、と彼女は言った。あの子にはあの子の大切なものがあって、それはわたしと相容れない。だからもう、わたしは、諦めるしかない。