傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

わたしたちの些末な運命の謎

 年末年始に質問箱をあけたの。このところ毎年やってるんだ、ふだんは書くだけ書いてしゃべらないからさあ。たまにしゃべると楽しいの。
 質問箱とは言うけど、投稿者が匿名で自分の話をしに来る場所なんだ。わたしの話なんかしてもしょうがないじゃん、いつもフィクションに仕立てて書いてるんだから。うん、そう、登場人物は、書いてる時のわたしくらいの年齢の女の人だけじゃなくて、子どもからおじいさんおばあさんまでいるよ、あれねえ、ぜんぶ、わたし。

 そんなことは置いといて、その質問箱におもしろい話が来てさあ。「自分でもなぜかわからないけど婚活アカウントをめちゃくちゃ見てしまう」っていう投稿。その人はずいぶん前に結婚してて、今は子育てしてて、自分が婚活した経験もないしする予定もない。もし自分が誰かをバカにしたりうらやましがったりしたいなら子育てアカウントを見るのではないだろうか、ほんとうに意味がわからない、と、そういう話。
 わたしも実は似た経験があるんだ。買い物を超してる人とギャンブルを超してる人のブログの熱心な読者だった。十年以上前のことなんだけど、当時から「我ながらこれらのブログを熱心に読んでいる理由がまったくわからない」と思ってた。読んでたブログがことごとく更新を止めてしまって、そのままわたしもその奇妙な習慣を忘れていたんだけれどね。
 買い物ブログにもギャンブルブログにも強烈な欲望がこめられていて、自分がそれに心ひかれていたことだけは、たしか。だから質問箱の人にもそんなふうにお返事したんだけど、「特定のジャンルのものばかり読みたくなるのはなぜか」という謎は謎のままなのよ。質問箱の人もわたしも、もっとこう、自分の境遇や個人として抱えている欲望に近い別のものが何かしらあるだろうという気がするのよ。
 よく考えてみれば、そういう感じの話を別の友だちから聞いたことがあるような気もするんだよ。何だろうねこれ。

 え、あなたにも似た経験がある。
 まじで。もしかしてありふれたことなのか。
 へえ、整形アカウント。あなた自身が整形したいわけじゃないのね、うん、わかる。わたしも、ハイブランドのものをいっぱい買ったり海外のカジノで全財産賭けたりしたいわけじゃなかった。いやたまには買ってたし観光地でちょっとした賭けごともしたよ、でもそこまでいっぱいしたいものでもないよ、ああいうことって。
 「自分が無意識に抑圧している欲望を解放している人のブログやSNSを読んでいるのだ」という説も可能なんだけど、ぴんとこない。無意識って言っちゃえば何だって通るんだけど、それもそれでなんだかなって思う。
 整形アカウントってどうやって探したらいいの? どういうの見てる? ちょっと実物、見てみてもいい? おお、すごい量の専門用語。わたしマンガで読んだことあるよ、「骨切り」とか。格闘マンガのキャラクターの二つ名みたいでかっこいい。でも実際に骨を切る手術なんだから、架空のキャラクターのことを考えてはいけないね。
 この整形アカウントの人たちは、なんていうか、一本気だね。正確な言い方が思いつかないんだけど、「こういう外見になる」という目的に対して迷いがない。できあがった顔についての細かい注文はあるにしても、目指すところはブレないというか。ビジュアルってそういうものなのかもしれない。絵に描けるし、他人を見て「この顔がいい」と言えるものね。それでも、もしわたしが顔を変えるとしたら、「あれもいいしこれもいい、どうしよう」なんて思いそうなものだけど、彼女たちにはそういうのはなさそう。
 うん、質問箱で気になって見てみた婚活アカウントは、また違う感じだった。条件を挙げて相手を探すんだけど、なかなかそのままにはいかないみたいだった。「ぜんぜん条件に合ってない人なのにどうしてもこの人と結婚したい」みたいなことが起きるみたい。

 たしかにおもしろい。おもしろいけど明日も明後日も一年後もずっとこれを読むような気はしない。質問箱の投稿を読んだ日に見てみた婚活アカウントも、そのあとは開いてないし。
 結局のところ、わたしたちが熱心に読む対象は決まっているのかもしれない。いわば運命づけられている。質問箱の人は婚活に、わたしは買い物とギャンブルに、あなたは整形に。自分自身はとくにしたくはないことをしている人の投稿を熱心に読んでしまう、そういう運命。ちっちゃい運命だなあ。でも謎の運命だ。
 さすがに全員にはないと思うけど、もしかして、わりといるのかもしれないね、この種の「運命」を背負っている人。