傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2010-11-01から1ヶ月間の記事一覧

王侯貴族のチケット

ちかごろはどう、と彼は訊いた。総じて敗北している、と私はこたえる。ラブ的な意味で、と彼は念を押す。ラブ的な意味で、と私はうなずく。僕も敗北続きだねと彼は言う。私たちは同じ会社に勤めていて、ときおり食事をともにする。 私たちはお互いの様子を眺…

焚きつけの取り扱い

ふだんは会議室に使っているという広い部屋に、ケータリングの食べものと軽いアルコールの匂いが満ちていた。戦前の建物を造り替えたのだそうで、床は焦げ茶に変色した木材だった。それは大量の靴の通った様子を残していた。視界の端に同じ会社の後輩の姿が…

野良犬たち

ほんとうに申し訳ありませんでしたと彼は言い、深々と頭を下げた。私と同僚は仕事上のトラブルについて話すために元請けの会社を訪問していた。私たちはいろいろな感情を抑圧して事を納めたところだった。原因は先方にあったものの、相手が率直に謝るとは思…

とっとーの時間

扉のひらく音がした。集中していなかった証拠だ。完全に没入しているとき、その音は聞こえない。いきなり家族が視界に入ってくる。こんな夜中には、妻はまず来ない。来るのは彼に似て宵っ張りな娘だけだ。 とっとー、とっとーと彼女は言い、椅子によじのぼる…

一、連れて帰る  二、せせら笑う

三年くらい集まってないよねえ。私が訊くと彼は、誰かの結婚式に便乗するチャンスがなかったんだよ、と言った。私たちは大学のときの講座が同じで、二十代まではおおよそ二年に一度の割合で顔を合わせる機会があった。 機会があった、というのは私のように受…