傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2013-12-01から1ヶ月間の記事一覧

信号待ちの交差点で受刑者を見た話

駅から職場まで歩きながらその日に済ませるべきことを頭の中で並べるくせがいつのまにかついていた。シャワーを浴びるあたりからそれらはぼんやりと私の中にただよいはじめ、けれども歯を磨いたり朝食を摂ったりするあいだはもっとずっとやくたいのない空想…

山手線の中で悪魔に会った話

毎朝と毎週と毎月、その後の一日と一週間と一ヶ月について彼は想定する。想定には一から百の目盛りがついている。百の日、と彼は思う。完全な日曜日。彼はわずかに震え、人に変に思われない程度にほほえんだ。百、すなわち目盛りのいちばん上を使ったことは…

あまい真綿

彼は仕事でへとへとに疲れて、彼女に連絡すると言ったことを忘れる。起きると彼女からメッセージが入っている。昨夜どうしたの?具合でも悪い?彼は返信する。だいじょうぶ。ごめんね。だいじょうぶならよかったと彼女は送りかえす。そのようなことが何度か…

あなたの可愛い可愛い部下

最初の皿が来ても、まだだ、と判断する。それが半ば以上空いて、しょっちゅう会うわけでもない私たちのあいだの空気の凝りがそれなりにほぐれたところで、私はそのことばを口に載せる。それは私の内側で注意深く削られているからとても軽い。ねえ、何か、い…

彼は必ず満足しない

たいていの人や状況に対して執着がきわめて少ないのが自分のいいところだと彼女は思っていた。仲良くなる相手はだからちょっとラッキィだねと、そう思っていた。適度に親しげに、感じよくふるまうことについて彼女には自信があったし、彼もそれを享受してい…