傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

女のいない男にしない女

 疫病が流行していわゆる行動制限が課されているあいだ、重要でない人間は放っておいた。たとえばテンポラリな色恋の相手である。
 わたしは経済や生活の上で自立していて、色恋は娯楽である。自分で働いて買った自分の基地であるような自宅に、わたしは男を呼ばない。この場合の男というのは、遺伝子がXYで戸籍が男性ということではなくて(そんなのは友人にもたくさんいる)、わたしがセックスすることもある人物をさす。男は、わたしがその相手に好意のあるあいだは、楽しみを提供する、悪くないのものである。しかしわたしの好意がなくなればただちに無関係に戻れる状態で交際したいものである。相手が強く望むなら一対一の関係を受け入れることもあるが、わたし自身は一対一より複数対複数で相互に思い入れが少ない関係を好む。
 わたしは二十歳から二十年と数年のあいだそのような考えを持っている。男たちもそのことはわかっている。彼らは二ヶ月から年に一度ほどのゆるやかなペースでわたしと過ごす時間を必要とし、わたしは彼らの打診に応じて予定を調整する。全員が働いているので、予定調整はだいぶ前からおこなわれる。

 わたしは今でもそのような暮らしをやっているのだが、疫病が流行してから三年間は控えていた。疫病じたいはなくなっていなくてもその影響がほぼなくなった四年目、男たちは「ではそろそろ」というようなメッセージを送信し、わたしは彼らと再会した。
 そのような中、急な連絡を寄越した男があった。疫病前には海外出張のたびに都心のホテルにわたしを泊めていた、地方都市に住む男である。出張帰りに数日東京に滞在するので、わたしの予定の合う日に一泊していた。東京では怠惰に過ごすならわしだとかで、食事からバーまでホテルの外に出ない男だった。
 しかし疫病流行後のその男は、なぜだか日付指定で「遊びたい」と言うのだった。「当たり前だけど、急に日付を指定されても空いている可能性はきわめて少ない」とわたしは返信した。不審だった。以前のこの男は、海外出張の予定が出てすぐに、だから当日の一ヶ月以上前から、わたしに打診していたからである。
 それから一週間が過ぎ、今度は「この週末に東京で会いたい」というメッセージが届く。わたしは少し考えてスケジュールを確認し、日曜日の20時以降少しなら、と返信する。「土曜日はダメかな」と返信が届く。いや日曜日の20時以降しかダメって言ってるじゃん。この人こんなに日本語読めなかったっけ?
 わたしは不快になり、放っておく。
 またメッセージが届く。明日東京に行くから夜会おうよ!
 わたしはそのアカウントをブロックする。

 人間って急に日本語が読めなくなることあるの? 認知症にはだいぶ早いよね。
 わたしがスマートフォンを見せて尋ねると、友人が言う。
 うーん、この人はあなたを急に呼び出したかったんでしょ。えっと、それこそが目的だったんだよ。理想的には「いま来い」って言って、それで来てほしかったんだ。でも相手が悪かったね。
 わたしは混乱する。なんで? わたしと遊びたいなら前みたく予定を添えてオファーすればいいだけの話じゃん。予定が合う日があったら、わたし普通に行くのに。
 ちがうんだよ。友人は苦い顔して言う。
 あのね、この人はたぶん、いま「おれの自由になる女」がいないんだ。それで「呼んだらすぐ来る女くらいいる」と思いたい。だから手持ちのコマの全員にそういうLINEを送る。あんたは普通に「予定が合わない」と返信する。あなたはぜんぜんわかってない。礼儀正しくお互いの予定をすりあわせるなんてね、そんなの、今のそいつにはきっと、ぜんぜん必要ないの。そいつはただ「呼べば来る女」が、たぶん地元にいなくなって、そんで代わりを求めて東京に来てるだけなの。

 わたしはぞっとする。なんで、と言う。わたしたち貸し借りなしで楽しく遊んでたじゃん。わたし、なんか、悪いことした? そんなわけのわからない役割を求められるようなこと、した?
 友人が言う。あなたは何もしてない。ただ対等に楽しんでいただけ。でも人間の一部には、自分の性行為の対象になる属性を持つ生き物を、自分が呼んだら飛んでくる存在にしたいタイプがいて、あなたは気づかなかったんだろうけど、この人は、たぶん、そういう人なんだよ。対等なんかほんとはぜんぜん必要ないんだ。以前はあなたに合わせることで「東京にも女がいる自分」をやりたかっただけ。この人はあなたをほしいんじゃないんだよ。この人は、自分を「女のいない男」にしない女が必要で、ただそれだけだから、こんなに必死になってるんだよ。