傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

そうそう、戸籍の附票とかあれこれロックしたのよ

 わたしには長年のストーカーがいるじゃない? 生物学上戸籍上の母親ね。そう、わたしが断絶を宣言して、賃貸の緊急連絡先から何からぜんぶ赤の他人にして行方をくらまして、そしたら母親が戸籍の附票とりまくって引っ越したら秒で手紙出したりマンションの前で待ち伏せしてたりした、あれ。仕事の都合もあって引っ越し八回したけど、まだ来るからね。いやあもう長いよ、二十年以上毎月とかの頻度でせっせと附票取ってるわけ。シンプルに奇行。
 わたしは、どうあってもインターネットに名前と職場が公開される仕事をしているからさ、押しかけ先はぜったいわかるのよ。だから戸籍の附票やら何やらはロックしてなかったんだけどね。
 うん、制度上はかけられる。そうそうDV等支援措置ってやつ。二十年前にできたんだけど、当時から「どうせ職場はばれるし」と思ってた。若いころは職場でそんなに力もなくて、職場にストーカーが来てポジションがあやうくなるくらいなら自宅に来るほうがなんぼかマシだった。わたしの母親という人は権威に弱いから自宅がわかれば自宅のほうに来ますよ。

 そんでもさあ、わたし結婚することにしたじゃん。わたしは、結婚したらストーカーが結婚相手にまで迷惑かけるから、それもいやだったんだけど、それ以前に、結婚という制度が嫌いだから、ぜったいしないつもりだったけど、ずっと一緒に住んでたら「内縁の夫」にはなっちゃうわけ。そんで法律婚するとわたしが死んでもわたしの財産の三分の一がわたしをゴリゴリに虐待した両親のところにいかなくて済むわけ。うん、それは法律婚するか親が死ぬかしないと絶対避けられないことなのね。
 だから、もう実を取ろうかなって。職場のポジションもストーカーごときで脅かされない状態になったことだし、貯蓄もそれなりにできて、「いま死んだら三分の一もってかれる」と思ったらおちおち交通事故にも遭えやしない。もう思想信条より実を取る。

 それで戸籍の附票やら何やらロックすることにした。
 親という立場の人間はぜーんぶ見られるの。結婚相手のことだけじゃない、婚姻届もろ見られる。証人欄の住所氏名もぜーんぶ。それは彼らの権利なの。

 その権利を制限するための手続きで、嫌な思いをするだろうと思ってたんだよね。だって、親とかかわりなく人生を送っているとわかると、当然のように人は言うからね。どうしても親御さんと仲良くできない? 親御さんにもいろいろ事情があるんだよ。育ててもらった恩があるし、何より子どもを愛さない親なんかいないものです。
 はは。
 知らんし。
 わたしと同じ目に遭っても「子を愛さない親はいない」って言う人はいるでしょうね。殺されても口がきけるならそう言うんだろうね。
 でもわたしはそうじゃない。
 わたしはだから、定番のせりふが来るんだろうなーと思って、区役所と警察署に行って、また区役所に行ったのよ。

 そしたらねえ、もう、すごいの。
 誰も加害者を庇わないの。わたしを被害者として手続きを進めるの。相手が親でもだよ。すごい。時代は変わった。「子ども」の立場の人間に、暴力被害を認めている。
 警察なんかね、担当の人、昔ながらって感じの男性警察官よ。その人の仕事は支援を求める人、この場合はわたしに、支援が必要かを判断することなのね。でも証拠を出せとかは言わない。それはあらかじめ調べてわかってた。基本は自己申告。相手を裁くためではなく、戸籍を使用したつきまといを防ぐための手続きだからかな。
 それでわたしは、嘘じゃないことがわかればいいのかなと思ったんだよね。実際その警察官、ドラマの刑事さんみたいな目つきしたからね。眼力のタツ、みたいな。
 それで話すでしょ。概略、小学生のころ、中学生のころ。その後エスカレートし、と言ったところで、警察官はぱっと遮って、はい、もう結構です、とこう言うの。
 嘘じゃないってわかればいいなら、そこまででもじゅうぶんなんだろうね、素人考えだけど。
 それに、強そうな警察の人だって、子どもがひどい目に遭う話を必要以上に聞きたくはないのかもしれない。これは想像だけど。

 その警察官さあ、SNSにうかつなことを書かないようにって、彼氏にも気をつけてもらうようにって、危ないんだからねって、出口まで送ってくれながら言うのよ。そんなんわかってるって。

 親にふるわれた暴力はなかったことにされるから、わたしはずっと腹を立てていた。でも今は、がんばって申請すれば、少なくともうちの自治体では、そうじゃなくなったみたい。なんか、ほっとしちゃうよね。でももちろん、まだぜんぜん不当なことだって、あるんだけどさ。