傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2017-10-01から1ヶ月間の記事一覧

春と歌

ぐずぐずに疲れて家路に就いた。わたしは二十三歳で、世間は不景気で、氷河期という名をつけられていて、だからとても寒くて、芯から冷えていて、世界は暗黒で、わたしのまわりには、誰もいなかった。オーロラという神話を、わたしは待っていた。こんなにも…

雪の女王たちにさらわれた、たくさんの友だちのこと

天に感謝するがいいよ、あなたが宗教を持っていないとしても。 彼女がそう言うので、私は彼女の顔を見る。あんまり天に感謝しそうな顔をしていない。すらりと長いからだにつるりと丸く清潔な顔を載せた、私の友人である。主に画像と映像の芸術を享受して生き…

夜と犬

それさあ、と彼女が言う。犬好きが犬にやるやつだよ。それって、と訊く。僕の顎は彼女の頭蓋に接しているので発声の労力はとても小さい。あなたが今してるようなやつ、側頭部から撫でて頭のてっぺんにキスするやつ、犬がいたらわたしもそうするよ。だいたい…

好都合な不自由

もう誰か決めてよお、わたしに向いてる仕事、勝手に決めてくれていいから、すごいAIとかが決めてくれたら、その仕事、大人しくやるからさあ。彼女はそう言い、みんなが笑った。私はあんまり笑えずに、いやいやいや、と冗談めかして発言した。それ地獄だから…

世界に残された新しい部分

ちょっとした手当や雑収入が年間十万円ばかりある。ふだんの予算に組みこんでいないので、ただ口座にたまる。このお金は貯金なんかしない。年に一度、それまでしたことのない体験をするのに使う。どうしてそのように思いついたのかは覚えていない。物を買っ…