傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2013-10-01から1ヶ月間の記事一覧

警告と避難と生還

片足を引いて自宅に戻る。良くない兆候、と彼は思う。バランスが崩れている。彼はこの十年ばかり、月に五十キロメートル程度を走っていて、腫れるほど足を捻ったことは二度しかない。彼はなにごとにも慎重だし、無理をするたちでもない。子どものころは丈夫…

彼らに見えない物語

人と会うことのはしごをしたために、私のその日ふたつめの待ち合わせ場所で彼らは顔を合わせた。彼は彼女に会釈し、彼女は彼に会釈して、私は彼らふたりの紹介をごく簡単にして、それから彼が去って、彼女は残った。彼氏。独特の、軽く投げ出すような口調で…

愛された子の副作用

残業が長引いて駆けこんだ私を、中腰になり片手を挙げて彼はとどめた。走ることなんてないのに、室内で、快適で、お店の人も良くしてくれて、だから急ぐことなんてないのに。元同級生であるだけの私を相手にしても、遅れた待ちあわせに走ることを咎めるよう…

あなたの欠如のかたちのお菓子

そんなふうにいろんな女の人のあいだをふらふらしたってものごとは解決しないんじゃないの、と私は言う。あなたが失ってきつい気持ちになっているのは、恋の様式だけを引き写した気楽な関係ではないし、穏当で安定したパートナーシップでもない。以前の恋人…

砂糖菓子のお城の王さま

愛に飢えているのですよと彼は言った。嘘だねと私はこたえた。あなたが飢えているのは愛じゃないよ、どう考えても。それから私たちはなんだか可笑しくて笑った。日常語でないと言われる語彙を、私はわりに平気で口に出すけれども、誰にでもというのではなく…