傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2012-10-01から1ヶ月間の記事一覧

あらかじめこぼれ落ちているものたちのために

彼はなんということもなく、友だちがシェアした写真を観ていた。それはすでに彼の習慣のなかに組みこまれていた。みんな撮るし、みんなアップする。彼は仕事の合間に、妻と小さい息子との食卓が一段落したあとに、通勤の無聊に、それを閲覧した。それらはす…

成就されないことによる愛の非暴力性について

二十二歳の春、彼は静かにそこに落ちた。それは彼に浸透し彼の組成を不可逆的に変化させた。それは痛みのように自明だった。幼児は転んで泣いて周囲からああ痛いんだねと教わるけれども彼はあらかじめそれを本で読んで知っていた。これがそうなんだなと彼は…

高所部の濃密な退屈

私たちは高いところが好きなのでその集まりに高所部という名前をつけた。私は高いところから足元を見下ろして吐き気に似た恐怖で頭をぼんやりさせるのがなにしろ好きだ。インターネットでそのように話すと何人かが熱くそれに同意し、同好の士を集めてガラス…

あなたの上書きを許可する

美しく整えられた取り皿を受け取りながら、こんなことしてくれなくていいのにと私は言う。こんなにいろいろしてもらったら申し訳ない気持ちする、デートじゃないんだし。彼は可笑しそうに、デートじゃなくたってする、とこたえる。彼女じゃなくても、女の子…

私たちはいけすかない

マキノさん今日誕生日なんだよねと上長が言い、はい三十四になりましたと私はこたえた。おめでたいのでビールを飲むと良いというせりふとともにグラスが手渡される。残業していたら上長がああやめ、もうやめ、仕事はやめだ、と宣言し、ふだん話す機会の少な…