傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

不倫だからってわたしたちを認めないのはあなたが差別者だからでしょう

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために私はこの友人と二年会っていなかった。
 でもそれは言い訳にすぎない。私は彼女にできるだけ会いたくなかったのだ。

 彼女の「彼氏」は彼女の一人住まいの部屋を不定期に訪れる。彼女の仕事のスケジュールは「彼氏」によって把握されている。なぜなら「彼氏」は彼女の直属の上司だからである。「彼氏」は彼女の仕事以外のすべての時間を、直前に送るLINEひとつで自由に使用することができる。なぜなら彼女にとって「彼氏」はプライベートのすべてのスケジュールより優位にあるものだから。というより、彼女全体より優位にあるものだから。
 彼女はいつも完璧に整えた自宅で美しく装って「彼氏」を迎える。彼女はいつでも「彼氏」を見上げる。「彼氏」のせりふをぜったいに否定せず、「彼氏」をほめ、美しい笑顔で美しくサービスする。
 それが彼女の「恋愛」である。もう何年も彼女はそうしている。彼らは常に彼女のマンションで密会する。

 なぜ密会なのかといえば、「彼氏」は別の場所で法律婚をしているからである。彼女にとってそれは所与の環境であり、「彼はやむを得ない事情でそんなところにいなければならない」という災厄のたぐいである。彼女は「わたしはずっと愛されて大切にされている」と言う。「彼はいつもわたしを高めてくれる」と言う。

 彼女は私の身につけるアクセサリーに敏感である。「それ彼氏にもらったの」と言う。実際にはどうであっても、自分で買ったんだよと私は言う。お給料上がったんだと彼女は言う。お給料上がったら男を買いやすいねと言う。
 彼女の言うところの「男を買う」というのは、私がパートナーと住む家の家賃を多く払っていることを指す。私は電車通勤がとても嫌だ。そうして家でも仕事をする。だから自分が職場に歩いて行ける場所に家を借ることと、三畳ほどを私のデスクまわりとして専有したいことをパートナーに告げ、その見返りとして家賃を二万円多く払うと提案した。彼はそれを受けた。
 それをもって彼女は「男を買っている」と言う。

 彼女は男をわずらわせない。生活に必要なことはすべて自分でまかない、いわゆるデートらしい外出がなくても不平など言わず、男のせりふを否定しない。彼らはキスをする。美しい「男と女」のキスをする。彼女はそれを本当の愛と呼ぶ。
 私は男をわずらわせる。男は風呂を掃除し、私はトイレを掃除する。私は男の作ったおかずを食べ、男は私の作ったおかずを食べる。私たちは「うまい」と言う。私たちはキスをする。ユニクロの部屋着でする、いつものやつを。
 彼女はそれを軽蔑する。だから私は自分のパートナーの話を、訊かれてもしなくなった。そうしたら彼女の話題は他の共通の友人の夫婦関係や恋愛関係、あるいはそれがないことについての話に移行した。彼女はそのすべてを憐れんでいるようだった。

 彼女に「久しぶりに良いレストランにつきあって」と呼ばれて行くと彼女の「彼氏」がいた。初対面である。いることは知らなかった。
 彼女は早口で言った。この子はねえ前から話してたでしょ、高校の同級生、差別しない人だから、ゲイのお友達の彼氏にも会ってあげたんですって、名前のつかない関係を否定しないリベラルな人なの、だからわたしたちのことも差別しないの。

 私はゲイの友人に「ここじゃないと彼氏といちゃいちゃしながらあなたと話せないから」という理由で新宿二丁目に呼ばれて交際相手を紹介され、「そりゃあ世の中が良くないね」と言って、楽しんで帰ってきた。
 「そんなことをしたのだから自分たちのことも認めるべきだ」というのが彼女の主張であるらしかった。ただの食事ならまだしも、彼女のコミュニケーションの九割が「彼氏」のせりふへのうなずきと賞賛で、私にもそれを目で求めるものだから、私はもう完全に帰りたくなった。自分だけでなく、私まで「彼氏」のために使用するなんて。

 それで二万円を置いて帰った。それがそのレストランの相場より多い額面だったから。
 彼女は私に六千円を振り込んだ。そうして言った。「彼がそうしろって」。
 私はもう彼女と会うことはない。私の知っていた彼女はもういないのだと思うことにした。優秀で正義感が強かった高校生の彼女。有名な大学で華やかな青春を送っていた大学生の彼女。憧れていた職に就き、理想と現実の乖離に悩みながら努力していた彼女。みんな私のいい友だちだった。でももういない。私は男にかしずく女を見るために自分の時間を使いたくない。
 だから彼女はSNSで私を「差別者」と呼ぶ。

ご近所にうちが陽性だってわかったらどうするの

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。この「よぶん」の中身の判断はそれぞれである。疫病の流行自体はまだまだ続いており、何なら去年の同じ時期より患者数は多いのだが、報道など見ると、今年の連休は「ある程度は出かけてもいいのではないか」というトーンなのだった。実際のところ、私の周囲でもあれこれ気遣いながら出かける人が多かったし、私自身も遠出はしないもののいろいろな人に会った。二年ぶり三年ぶりの再会が連続する、珍しい連休だった。
 そのうちのひとりである友人は、いい、愚痴るよ、と宣言し、そのわりに愚痴っぽくない口調で、彼女の両親について語った。私の記憶によれば、彼女の父親は小さいながら実績ある企業の社長、母親は昔ながらの「社長夫人」をやっており、なかなかパワフルな人たちで、彼女はときどき頭を抱えていた。それから彼女には妹があって、東京の郊外で結婚相手とともにブーランジュリーを経営している(彼女は簡潔に『パン屋』と呼ぶ)。あれこれ聞いてはいたものの、「なんだかんだと仲の良い家族」という印象だった。

 友人は国際協力系のNGOで留学生の受け入れや支援に関する仕事をしている。疫病によりいったんは人の行き来が途絶え、その後は国や地域ごとに大量の情報を把握して対応しなければならなくなった。非常に神経を使う、と彼女は言った。それはそうだと思う。管理職になったばかりのタイミングで迎えた事態だからなおさらのことである。
 その事務所に両親がやってくるのだそうだ。来るなと言っても来る、と友人は無表情で言う。人間は「呆れる」を長期間続けるとその対象に表情を作らなくなる。
 彼女はこまめに両親に連絡している。住処もさほど遠方ではないから、定期的に訪ねてもいる。しかし両親は突然職場にやってくる。連絡なしで来られても困る、せめて自宅にしてくれと言ってもなぜか聞き流す(自宅にも来るのだが)。「トイレ貸して」などと言ってにぎやかにやってくる。人の出入りにことのほか神経質になって、留学生のたまり場機能もやむなく停止している事務所に。
 わたしとうとう怒鳴ったの、と彼女は無表情のまま話した。ドアの前で仁王立ちになって「帰れ」って。ちなみに妹はもっと前に同じことをしたのだそうよ。そりゃそうだ、食べ物屋の店先で延々としゃべるなんて、営業妨害だよ。
 彼女の両親はほどなくそろって疫病の陽性判定を得た。幸い少し発熱した以外の症状はなかったのだが、そうなると彼女の心配は両親が出歩くことである。もちろん両親は元気に出歩いた。彼女は両親にネットスーパーについて説明し、自分が全部やるから家にいて食料品を受け取ってくれ、ほしいものがあればなんでも届けるから、と訴えた。すると彼女の母親は言った。でもねえ、牛乳一本買うのに配達なんてねえ。今はそれが必要なのだと彼女が強く言うと、受け取らないわよと母親も声を荒げた。迷惑よ、急にネットスーパーなんか来て、ご近所にうちが陽性だってわかったらどうするの。

 彼女は話の区切りを示すように薄く笑った。おもしろそうではもちろんなかった。翻訳するなら「なさけない」あたりか。私は目で続きを促した。続きがあるはずだ。
 妹と話したんだけど、と彼女は言った。あんな人たちだったっけ、って。でもたぶんあんな人たちだったんだよ。彼らが父の仕事上必要な「良識」をやっていたのと、わたしたち姉妹が都合のいいところしか見ていなかったから、気づかなかっただけで。父が引退して母も「社長夫人」から引退して、年をとってがまんがきかなくなって、それで中身が剥き出しになったんだ。たぶんそういうことなの。
 両親のおかげでわたしはお金の心配もなく留学して、妹はパリで修行して、そうだよ、わたしたちの人生は実家の太さで成立したといっていい、でもわたしの事務所にも妹の店にも彼らを入れてやる必要はないとも思う。

 もちろん、と私は言う。それから少し考えて、言う。私は個人的に「実家が太い」っていう言い方を好まないな。なんだか下品だよ。あなたがたはご両親のおかげで希望する教育を受けられてよかったね。ご両親に感謝しているのもすばらしいね。だからといって業務妨害をさせてあげなくてはいけないということはない。そりゃそうだ。
 あのさ、親に何もしてもらえなかった人も、親にいっぱいしてもらった人も、変な罪悪感や劣等感を持つ必要いっこもないよ。そんなの選べないじゃんねえ。

たとえば四千九百三十六分の一の生活

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしの行動範囲は狭くなり、友人たちとのやりとりの頻度もぐっと落ちた。スマホで連絡するなら疫病の流行にはかかわりがない。それでも減った。顔を合わせる回数が減ってもオンラインでおしゃべりができるのはよほど親しい間柄だけであるようだった。ストーリーに既読をつけるのさえ面倒になり、インスタを開くのはDMが来たときだけになった。そもそもSNSに思い入れはなく、まわりに合わせていただけなのだった。
 そんなふうにSNSをほとんどやらなくなったあと、きっかけが何だったのかは忘れたのだけれど、赤の他人の日記を読むようになった。

 その人は有名人でもインフルエンサーでもない。キラキラした生活をしていないし、エモい恋愛の話もしない。アラサー女子あるある話もしない。DVとか毒親とかの話もしない。赤裸々要素がゼロだ。たぶんわたしより少し年上の、たぶん会社員の、たぶん女性の、たぶん東京に住んでいる、たぶん一人暮らしの、たぶん平凡な人である。
 彼女はただ日記を書いている。疫病のことはあまり書かない。リモートワークの話が出てきたりして、背景として疫病の色は見える。誰かとのおしゃべりの内容を少し書いたりもする。でもその相手が友人なのか恋人なのかはわからない。わたしはそれが好きだ。

 親友や恋人の存在や不在についてインターネットに書くことを、悪いこととは思わない。SNSで新しい友だちや彼氏彼女が欲しいことを示せばアプローチがあるかもしれないし、とても素敵な人と親しくしていて誇らしいから書くということもあるだろう。ただ、わたし自身はそういう記述にあまり関心を持てない。
 この姿勢が特別奇異に思われるかといえば、そんなこともない。二十代半ばだからといって全員がSNSを熱心にやるわけではない。やらない人間も一定数いる。わたしは疫病後、いわばそちらに組替えしてもらったような感じである。「あの子はSNSやらないから」というカテゴリ。
 わたしが関心を持てないのは具体的な人間関係の話だけではない。現代のインターネットにはたくさんの日記のようなものがあるけれど、大半はわたしに合わない。わたしはリッチな遊びの描写とか丁寧な暮らしの描写とか過激な性描写とか熱い推し語りとか、そういうのを進んで読もうと思わない。「人と比べてしまう」とか自己肯定感とか、そういう話題にも興味が持てない(自己って肯定とか否定とかするものじゃなくない? しかもだいたい属性の話してるし。属性は自己じゃないでしょう)。友だちが話したいなら聞くけれど、他人のそれに興味はない。

 それでは他人の何に関心があるかといえば、どうということのない細部に関心がある。たとえばわたしが日記を読んでいるあの人は最近クラフトビールを好きになり、ぽつぽつと買って飲んでいる。京都のメーカーがお気に入りのようだ。住んでいる町には大きな川があって、予定のない休日には橋を渡り、別の橋を渡って帰ってくる。よく本を読むようで、でも読んだ本を並べるようなことはしない。たまに感想を書くことはある。その感想がなんということのない思い出話に結びついたりする。
 彼女は実家から連れてきたインコを飼っている。インコの名前は日記に出てこない。彼女は日記のなかでそのインコを「わたしの鳥」と呼ぶ。あるいは「わたしの緑の鳥」。何度も指し示すときは単に「鳥」。
 彼女の緑の鳥は文庫本とそのページを押さえている彼女の手のあいだにくちばしをさしはさんだりする。鳥は、と彼女は書く。鳥はいまだ執拗にわたしの左手のほくろを取ろうとする。
 わたしはそういうのがとても好きだ。

 彼女は少し前に疫病にかかった。恬淡とした療養日記が綴られ、わたしはそれを読んだ。彼女は幸い軽症で、レトルトカレーに手持ちのガラムマサラを振って食べ、「追いスパイスの前後の風味の差がわかるのだから、味覚異常はほぼ治ったのではないか」などと書いていた。
 わたしはニュースの数字を確認する。新規陽性者数4936人。4936ぶんのいちの療養生活。
 残りの4835人は、わたしにとってただの数字である。
 疫病下で毎日報道される陽性者数がただの数字でしかないことが、わたしはうっすらいやだった。だって、人間だよ、ほんとは。
 どうして見知らぬ人の日記を読むのかは、自分でもよくわからないのだけれど、少なくとも「新規陽性者」のうちのひとりがただの数字でなくなったことは、わたしにとっていいことだと思う。

あの男の恋愛感情などまったくあてにしていない

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それがきっかけでわたしは、つきあいはじめて間もない男と同棲し、今でも一緒に暮らしている。

 わたしには妊娠する能力がない。成人する前にそれがあきらかになったたために、わたしの人生の戦略はわりと極端なものになった。
 子どもが欲しいとか欲しくないとか考える前の段階で「あなたにはできません」と宣言されたので、「それならそれで楽しくやろう」と思った。同い年の女たちが「きっと結婚してたぶん子どもを産んでやっぱり仕事も続けて」などと具体性と取捨選択に欠く夢想を将来設計と呼んでいた大学生のころから、わたしは「いわゆる家庭に人生の主軸を置かない」と決めていた。
 最初から子のない人生を送ると決めている(わたしの場合はわかっている)大人は、同居したとしても家庭に力を入れることにはなるまい。わたしは他人の分まで家事をしようなどという気はないので尚のことである。
 カネについてもしっかりと稼ぐことに決めた。わたしの親はわたしに子のできないことをいつまでたっても嘆き悲しみ哀れんでおり、その状態が改善するまではあまり関わり合いになりたくない。トラブルがあっても自分のカネで解決したい。だから稼ぐ。そう決めた。
 恋愛については「将来などという無粋なものからあらかじめ解放されているがゆえの劇的なやつを楽しもう」と思った。エモエモのエモなのをやりましょうと思った。生活といううすのろに追いつかれることのない、美しく純粋な恋をしましょう、と。

 その結果が二十代の派手な恋愛遍歴である。わたしは妊孕能力以外はとても元気なので、仕事をがんがんやりながらゴリゴリ恋愛した。ざっくりまとめると、つきあって浮気して浮気されて別れて略奪して二股かけられて別れて遠距離やって破綻して病んだ男がストーカー化、というところである。昼仕事して夜恋愛してるみたいな感じだった。相手もえらい元気だな、いま考えると。
 恋愛感情は天気予報のきかない嵐みたいに訪れてわたしの感情と感覚をかき回し、そして理不尽に去るもので、わたしはそれが好きなのだった。

 そのようなわたしであるが、いま現在同棲している家の中には恋愛感情が見当たらない。わたしの感情もあの男の感情もぜんぜん嵐じゃないのである。あの男の好意は実に薄ぼんやりしている。裏庭の盆栽を愛でるじいさんだってもうちょっと情熱的だと思う。なんという情熱の欠如。なんという陶酔の不在。圧倒的に低エネルギー。本人はこれまでの人生でもその程度の好意で彼女を作っていたようなので、わたしの中であの男は「恋を知らないあわれな男」である。
 一年前のわたしは、ストーカー化した当時の彼氏からの避難所が必要で、折悪しく引っ越ししたてで新しい部屋を借りる財力がなく、できれば誰かの家に引っ越したいと思っていた。そしたら感じのいい男がやってきてわたしを好きだというので「わたしも好き」と言って、疫病禍を言い訳に一緒に住みはじめた。好きではあるから嘘はついていない。
 そうしてあっという間に季節が一巡した。

 一年も恋愛していないなんてわたしにとっては異常事態である。それで一刻も早く新しい恋愛をしたいかといえば、実はそうでもない。わたしも年をとったのかもわからない。誰かを見て、「この人が欲しい」「この人に自分を欲しがってほしい」と思うことがなくなった。疫病下で出会いが少ないという要因はあるだろうけれども、でもわたし、全盛期には文字通り道端ですれ違った人を「わたしが恋をする相手だ」と直感して声かけてそのあと実際つきあったことあるからね。
 そんなわたしが、事実上の引退状態である。この家のせいだと思う。たいへん居心地がよくて、わたしはぼんやりしてしまう。それで嵐をとらえられないのだと思う。今まで家というものについて考えたことはなかったけれど(たぶん抑圧していたんだろうけど)、いいものですね、いやなところのない人とくっついて暮らす家って。何をするにも楽ちんで安上がりで、毎日熟睡しちゃうし、慢性的だった肩こりがどこかへ行ってしまった。
 一方でこのまま恋愛しないことに対する焦りもある。足湯みたいな好意のやりとりとマッサージみたいなセックスと事件のない毎日におさまるのかと思うと、「いや、それは」と思う。だって、感情と感覚がめちゃくちゃになって相手がいなくなったら死んじゃうような気がして何かというと夜道を走るようなやつを、つまり恋愛を、わたしは、人生の重要な事項に据えて執り行うと、二十歳のときにそう決めて、そのとおりにしてきたのだもの。

あの女の恋愛感情を利用していい生活をしてやろう

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それがきっかけで僕と彼女は一緒に暮らし始めたのだけれど、この生活が気に入りすぎて疫病の流行が終わってもやめたくない。

 つきあって三ヶ月という、恋愛的にいちばん盛り上がっているタイミングで同居したから、すぐ破綻してもおかしくないと思っていた。なにしろ僕はすぐ飽きちゃうのだ。女の子と半年以上つきあったことがない。
 僕の個人的な感覚では、同じ相手とのセックスは三回目から十回目がピークで、あとはまああってもなくてもという感じだし、恋愛的な様式としてのデートについては「女の子のドリームを読み取ってサービスするのめんどくせえな」と思う。だから自分は長期的な関係に向いてないのかなあ、なんて思っていたのだけれど、好きな人と生活を共にしてみたら継続したくなったので、向いてなかったのは長期的な関係というより長期的な「恋愛」関係だったみたいだ。

 シェアハウスをいくつか経験したからわかるんだけれど、僕はけっこういろんな人と居住スペースを共有することができる。でも最高ではなかった。シェアハウスでは揉めたり突然出ていったりする連中を横目に「まあ俺も正直いくらかの不満はある」と思っていたし、その一方で「限界を超えるまでがまんする前に普通に話し合え」とも思っていた。ずっと実家にいようと思ったこともなかった。「大人になって誰かと住むなら自分で選んでくるのがいい」という感覚を持っているからだ。
 疫病下につきあいはじめた彼女と同居してみたら、「これこそ求めていた生活だ」と思った。もちろん最初はあれこれ試行錯誤したけれど、相互に自分の要望を述べながら試行錯誤できること自体がそもそも貴重なのだ。
 納得できる家事分担、さぼりたい部分の一致、均等割できる家計、たがいが摂取する音の出るコンテンツが不快でないこと、これだけでQOLは爆上がりである。そして何くれとなく話せておしゃべりが楽しい。めしもうまい。俺のめしもうまいと言ってくれる。そういう相手が家にいるってほんとうに素敵だ。この生活を手放すまいと僕は思った。

 思って、結婚しませんかとオファーしたんだけど、それは断られた。彼女は身体上の理由で子どもができないのだ。そのことは知っていたんだけれど、「子ども以外に結婚する理由が自分には見当たらない」と言われたのですごすごと引き下がった。さてはあの女、「この先ほかに好きな人ができたときに法的責任を問われるのはいやだ」くらいのこと思ってるな。恋愛脳め。
 将来子どもがほしくなったら籍を入れて特別養子縁組をやろうと言って、それは受け入れてもらった。僕は子どもが好きだけど実子に執着はない(と思う。実子も養子も持ったことないからたぶんだけど)。
 そうして現在は安定して愉快に生活しているのだけれど、僕にはひとつの秘密がある。いつも通り、恋愛的にはとうの昔に彼女に飽きちゃってるのだ。

 しかし彼女にそれを悟られてはならない。僕の恋愛感情が消えたとわかったら、即この家を出て行くに違いないからである。あの女はそういうやつなのだ。同じ相手に延々と恋愛できるし、自分に恋していない相手はすぐ捨てて「失恋した」とほざくのだ。なんでだよ。俺ぜんぜんわかんねえ。
 だからばれていはいけない。恋愛的に夢中なままですよというふりをしなければならない。セックスだってする(べつにいやではないのだ、めんどくせえだけで。あと、くっついているのは好きです)。デートだってする(彼女は自分のドリームは自分でかなえるタイプなので、デートと称するものは実質ただの家族イベントであり、普通に楽しめる)。そしてそれらを、心からやりたくてたまらないふりをする。
 彼女が年をとって新しい恋愛の機会が訪れなくなればいいのにな、と僕は思う。そしたら僕の恋愛芝居がなくなっても伴侶でいようという気になるのではないか。でもわかんないな、あの女なぜかモテるんだよな。僕らが四十過ぎても他に相手が見つかるのではないか。先は長い。

 まあいい。恋愛の芝居くらいする。彼女が唯一だからではない。世界にはたくさんの人間がいるから、彼女と暮らすのと同じくらいの快適さと愛着を形成できる相手はきっと他にもいるだろう。でもそんな相手を探すのはめんどくさい。めちゃくちゃ時間と労力がかかって見つかる前にめんどくさ死すると思う。

 そんなわけで僕は今日も彼女に恋をしているふりをする。この女の恋愛感情を利用していい生活をし続けようと思う。頭の中のほとんどのことをしゃべりながら、そのことだけは絶対に口にしない。

一人で生きていかれない、かわいいかわいいわたしのあの子

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしは家に人を呼んで手料理を振る舞うのが好きなのだけれど、それもほぼ控えている。
 ほぼ、というのは例外があるからそう言うので、エリカちゃんだけは可としている。

 エリカちゃんはわたしの娘の同級生である。
 エリカちゃんをわたしに紹介するとき、娘は神妙な顔して、「ママ、偏差値50ちょっとの女子大学ってところにはね、いろいろな人間がいるの」と言ったものである。わたしは首をかしげた。お行儀のいいしっかりしたお嬢さんばかりという印象を持っていたからだ。
 わたしがそうこたえると、娘は、真面目がとりえの子がほとんどではある、と言う。ただし、たまに変わった子がいる。偏差値50ちょっとの大学には推薦入試枠があって、それで入る子はだいたい一般入試よりさらに堅実なんだけど、なんかの間違いで入って来ちゃったみたいな子がたまにいるの。うん、そう、エリカはね、しっかりしてない。はっきり言っておばか。まじ一人暮らししちゃいけない。でもしてる。だから連れてくる。野菜いっぱい食べさせたいの。

 エリカちゃんはたしかに食生活に無頓着だった。ダイエット〜と言ってマクドナルドのセットを一回食べてあとはなにも食べずに一日を過ごしたりする。わたしが食事をふるまうと「野菜なのにおいしい」と言って、赤ちゃんみたいな顔して笑う。
 エリカちゃんの友人はわたしの娘だけでなく、大学に「エリカサポート部隊」とでも呼ぶべき女の子たちがいて、ノートを貸したり、グループワークをフォローしてあげたり、「今日はもう飲まないほうがいい」と酒量をコントロールしたり、「その男はやめとき」と彼氏の判定をしたりする。
 そう、エリカちゃんはわりとだめな子で、そしてものすごく愛されやすい子なのである。
 エリカちゃんの実家は名古屋のお金持ちで、アルバイトもせず裕福な一人暮らしを送っているが、女友達に奢るタイプではない(むしろあれこれもらっている)。あの年頃の女の子たちが好きな洗練された外見というわけでもない。清くも正しくもない(夜の街で遊ぶのが好きで、すぐろくでもない彼氏を作る)。それなのに真面目な女子大生たちはエリカちゃんが大好きなのである。

 かく言うわたしもエリカちゃんがかわいくて、しょっちゅう家に呼んでいる。良識ある大人として、女の子たちとは異なる支援をしているつもりだ。東京の母と呼んでくれてもいいぞ、エリカちゃんよ。
 さて、そのようなエリカちゃんについて、娘から議題が提出された。エリカちゃんの新しい彼氏についてである。新彼氏との出会いはホストクラブ、現在彼氏はホストをやめてエリカちゃんのマンションにころがりこみ、エリカちゃんに食費を出してもらって暮らしているのだそうである。
 そんなのダメ、とわたしは言った。ぜったいにダメ。
 娘は両手のひらを立てて「最後まで聞け」という顔をする。わたしは黙る。娘は話す。今回の男はいいんじゃないかっていうのが、エリカの友だちみんなの意見なの。

 彼氏はねぼすけのエリカちゃんを起こし、「この授業はそろそろ出ないと」とリマインドをかける。彼氏はスーパーに行き、切るだけ焼くだけといった簡単な調理をして栄養のあるものを食べさせる。僕にも作ってくれたら嬉しいなと、色仕掛け(?)でエリカちゃんの学習をうながす。デートしようと言って連れ出して陽に当てて運動させる。
 彼氏は苦学生である。ホストをやめて寮にいられなくなったらしい。彼氏はエリカちゃんが資産家の娘だと知っている。たぶんお金目当て、と娘は言う。でもエリカのこと好きでもあるんだと思う。そうじゃなかったら間借りと食費くらいであんなにしてあげないよ。あの人、エリカがこの先健康に生きていけるように考えてくれてる。エリカに生活力をつけさせようとしてる。

 わたしは黙る。
 わたしも娘も、エリカサポート部隊の女の子たちも、そんなことはできなかった。

 わたしは「人間は自立して生きるべき」と思っている。思っているが、それができない人がいることも身にしみてわかっている。エリカちゃんは経済的にも生活の上でも、一人で放り出されてやっていけるタイプではない。そう思ってただ甘やかしていた。まだ若いのだからそのうちしっかりすると、他人ならではの根拠のない楽観で自分をごまかしたまま。

 その彼氏、いいかもしれない。わたしがそう言うと娘はほっとした顔を見せる。わたしは言いつのる。でもまだ油断しちゃだめ、大金を引き出そうとしたりするかもしれないんだから。わたしたちで見張っていましょう。

女の子であること

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためによその家族と一緒に近場の温泉に行くのは二年ぶりである。
 わたしには子がおらず、子どもの相手をするのはわりに好きだ。友人には子が三人いて、上から六歳、四歳、二歳である。友人の配偶者は子育てをしない。それで子連れの小旅行に出るときにはわたしとわたしのパートナーが一緒に行く。

 温泉に入る。友人の真ん中の子は男の子なのでわたしのパートナーが男湯に連れていく。あとは女湯に行く。友人は二歳の子の面倒を見、わたしはわりと手のかからない六歳の相手をする。二年見ないうちにとても大きくなったし、言葉遣いなんかもだいぶしっかりした。お湯の準備をこまごまとして、「よし」というふうにうなずく。そしてわたしを見上げてはっと固まる。
 どうしたのと訊くと小さい声で「ユカリさんは……女の子だ」と言った。わたしは服を脱いでおり、子どもの視線はわたしの胸にがっちり合っている。いや服の上からも膨らんだ乳房があるのはわかると思うんだけども。あときみと風呂に一緒に入るのは三回目だよ。

 わたしは女である。出生時からそういうことになっているし、強く反対する気分になったこともない。でも本音を言えばどちらでもいいというか、なんでもいい。
 自分が女とされていることは了承しているが、それが自分にとって重要なことと思われない。社会問題として個々人のさまざまな性のありかたが認められることは重要だと思うが、私個人のアイデンティティにとって性が重要ではないのだ。わたしにとって非常に大切な人からよんどころない理由で「男になってくれ」と頼まれたら(そしてそれが可能なら)男になってもかまわない。
 服はレディースを着ている。日常的に化粧をしていて、女性向けに売られているアクセサリーをつけている。それでもショートカットで上背があるから、それでこの子はわたしを男だと思っていたのかもわからない。この子の母親であるところのわたしの友人が「ユカリさんはこんなお仕事をしていてすごいのよ」というようなことを子に言うので、それも影響しているのかもわからない。この子の家では女の人は子どもの面倒を見て男の人は子育てや家事をせずいばっているものだからである。わたしはいばっていないし家事をするが、人にいばらせていないし、子どもを育ててはいない。
 ともあれ子どもが「女の子だ」と言うので、そうだよとわたしは言う。わたしはどっちでもいいんだけどね、と言う。すると子どもはまた固まる。

 この子にとって「女の子」であることは非常に重要なことなのである。髪を長く伸ばし、あこがれはドレスを着たプリンセスで、母親の結婚式の写真を見るのが好きだ。たいそううっとりした顔で長時間見ていたのを覚えている。
 この子が四歳のとき、ユカリさんはけっこんしないのと訊かれて「しない」と言い、なぜと問われて「したくないから」とこたえたのも、もしかすると「女の子認定」がなかった要因のひとつであるかもわからない。
 わたしはにっこり笑って子どもをうながす。子どもはスイッチが切り替わったように風呂に向かう。
 わたしたちは並んで髪を洗う。洗ってあげるつもりでいたのに、子どもは得意げな顔でわたしを見て、もうひとりで洗えるのだと宣言する。わたしはいいにおいのするシャンプーをわけてあげる。子どもはそれを喜ぶ。お花のにおいだよ、とわたしは言う。子どもはもっと喜ぶ。

 ひとりで髪を洗えるけれど、乾かすのはまだ人にやってもらいたいらしい。わたしは子どもの髪にドライヤーをかける。長いので時間がかかる。二年前にはじっと座らせているのがたいへんだったのに、今やつんと澄まして鏡を見ている。
 ロビーで男湯に行ったふたりと落ち合う。今夜はこの温泉宿に泊まるのである。子どもはわたしとパートナーの顔を見比べ、ふたりははじめてのおとまりなの? と尋ねる。わたしは苦笑して、ずっと一緒に住んでるんだよ、と言う。子どもは難しい顔をして、ふうふだから? と訊く。ふうふじゃないよ、とわたしは言う。カップルだから? と子どもが重ねて尋ねる。カップルだけど、そうじゃなくても一緒に住むこともある。世の中にはいろんな人がいる。わたしがそのように説明すると、子どもはわたしに飽きてきょうだいのところへ行く。
 あの子の親であるところの友人がわたしを子どもに会わせたがるのは、いろんな人間を見せたいからかもわからない。