傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2023-01-01から1年間の記事一覧

わたしの大切な不安

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。流行は三年に達し、直接の知り合いが幾人も罹患した。わたしもかかった。そのために周囲でにわかに注目を集めたのが保険である。症状が重かったので医療保険がおりて助かったという…

一人であること、あるいは機嫌のいい犬

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために人々の楽しみが減り、数少ない疫病伝染性の低い娯楽に注目が集まった。その筆頭がキャンプである。 僕もご多分に漏れず毎月ソロキャンプをするようになった。子どもが中学…

缶詰課長の巨大な欲望

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年たった春、給湯室に「缶詰課長」の段ボールが復活した。 缶詰課長は総務課の課長である。もちろん本名ではない。年のころなら四十路の半ば、若いころ老けて見えるタイプ…

人生のピットイン あるいは老いについて

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年あまり、わたしの「ピットイン」はほぼ完了した。 三十歳とか三十五歳とか四十歳とか、節目の数字で自分の年齢について考える人が多いようだ。人間は成長期を終えたらず…

マスクを着ける要件

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年あまり、世界的な緊急事態宣言が解除され、日本でも他の感染症と同じ扱いになった。この数日のことである。 それでわたしはマスクを観ている。人々がどのようにマスクを…

山田専務はきれいなおじさん

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしの勤め先でもリモートワークが導入され、大勢が集まる対面の会議はぐっと減った。そのさなかにやってきたのが山田専務である。疫病禍を受けた組織改革の要としての、鳴り物入…

雑な家族は平和に暮らす

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために家にいる時間が増えて、いわゆる行動制限が解除されたあとも疫病前よりは家にいる時間が増えた人が多いように思う。リモートワークが定着した企業も少なくないし、まだ用…

春の滋養 あるいは老いについて

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから二年ほどで料理の腕前に磨きがかかった。食いしん坊に外食を禁じたら自炊に力を入れる。自然な成り行きである。 今年はいわゆる行動制限がすべてなくなったが、料理の腕は残…

蟹座のようなわたしの労働

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年、大学の授業はほぼ対面に戻る。なし崩しに制限のなくなった生活の中、感染症は再流行するだろう。社会での扱いが変わったからといって病気がなくなるわけではない。死…

欺瞞の誕生

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それからいくらかしてわたしの家にテレビが導入された。わたしも夫もテレビを観る習慣がなかったのだが、出かける機会が減って退屈になり、家で映画を観るために購入したのだ。そう…

いつもどっか行きたい あるいは老いについて

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それ以来ずっとがまんしていたことがある。海外旅行である。 このたびそれを解禁した。三日ばかり台北で遊んできただけなのだが、それでもなにかこう、生き返るような心地である。 …

広場と安心

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年が経って、いわゆる行動制限が緩和され、実質的に何をしてもよいということに、政治の上ではなっているのだけれど、かといって疫病自体がおさまったのではなくて、みん…

想像上のカウンター

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのさなかにこの町に引っ越してきたので、しばらくは飲み屋に行くこともできなかった。わたしは働き疲れて小さな居酒屋で小一時間飲んでささっと帰るような日が、けっこう好きなの…

想像上のカウンター

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのさなかにこの町に引っ越してきたので、しばらくは飲み屋に行くこともできなかった。わたしは働き疲れて小さな居酒屋で小一時間飲んでささっと帰るような日が、けっこう好きなの…

遠い薔薇の日々

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それは何度か繰り返され、行動制限と呼ばれるようになった。先だってそのすべてが解除され、しかし感染状況は相変わらずなので、大勢が集まる場はなんとなく左右を見ながらぬるりと…

恨みの要件

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。何度か出された通達が「いくらなんでももういいだろう」という感じで止まり、いわゆる行動制限が解除されたのがつい最近のことである。 疫病自体はぜんぜんおさまっていないので、相…

恋のような湿度と温度

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年、人に会うことに制限はなくなったが、その間についた習慣が消えるのではない。わたしにとってのそのひとつが友人からの通話である。 わたしたちは中年であり、通信量が…

彼女がいちばんきれいだったころ

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年ばかり、久しぶりの連絡が増えている。そうして「実はあのころ」という話を、ぽつぽつと聞く。実はあのころ、子どもが不登校になってね。いいえ、中学校に上がったらけ…

利益つきの友情

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。通達は何度かマイナーチェンジしながら繰り返され、近ごろ事実上ゼロになった。「行動制限なし」というふうに呼ばれている。 昔の友人から「行動制限もなくなったし子どもたちも大き…

育ちの良い女の子を見抜く方法

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために恋愛や結婚の相手を探すプロセスも大幅に変化したようである。わたしはいま現在新しく相手を探す必要を感じないが、人生には何があるかわからないのだし、昨今はどうなの…

女に甘い女

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために三年ちかく会っていなかった古い友人から連絡があって、顔を合わせたら、年月では説明がつかないほど人相が変わっていた。どうしたのかと尋ねると、恋愛をしたと言うのだ…

人間でない男

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために友人たちとの集まりも控えていたのだが、近ごろは「いくらなんでももういいだろう」という雰囲気である。疫病以来の帰省、疫病以来の再会、疫病以来の帰国といった話がよ…

僕の目下の男

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三度目の冬が来て、僕はつくづく「目下の男」のありがたさを実感しているところである。 「目下の男」というのは、僕が特別仲良くしている同性の友人を指す。僕の以前の彼女…

羽鳥先生の静かな正月

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それ以来、盆正月恒例の集まりは基本的にオンライン、ときどき対面というぐあいになった。 恒例の集まり、といっても親戚づきあいではない。大学の先輩後輩三名の集まりである。同業…