傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

女に甘い女

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために三年ちかく会っていなかった古い友人から連絡があって、顔を合わせたら、年月では説明がつかないほど人相が変わっていた。どうしたのかと尋ねると、恋愛をしたと言うのだった。
 その話を簡潔にまとめると、結婚していて子どももいる上司の二番目の女みたいな立ち位置になり、その男から「押し切られて結婚し、みるみる醜くなった妻を愛せないが、子どものために耐えている」というようなことを言われ、「女磨き」をがんばって自分の部屋で男を待つ生活を二年続け、最終的に連絡先をブロックされた、という話だった。
 もちろん古い友人が直接そういう話をしたのではない。時間をかけて事実を確認したらそういうことだったのである。実際の話し方としては、「とても素敵な人から情熱的に愛を告白され運命的な恋に落ち大切にされていたが、どうしても一緒にいられない事情があり、お互い好きでたまらないのに彼がわたしの幸せのために身を引いてしまった」というようなものだった。
 わたしは怒り心頭に発し、何だその男まだ同じ会社にいるのか今からわたしが電話してやると息巻いて止められた。

 腹立ちがおさまらないので、別の友人に会ったときに子細を話し、「一緒にそのろくでもない男の悪口を言ってほしい」と頼んだ。すると友人は眉根を寄せてわたしを眺め、そんな陳腐な男に使う悪口はない、と言うのだった。よくある話じゃん。わたし二十代から何度もそういう話聞いてるわ。若いうちは相手が既婚じゃなかったりするけど、まあ同じよ。パターンよ。テンプレよ。
 わたしは驚いた。世の中ではありふれた話なのかもしれないけれど、身のまわりの人からそんなひどい話を聞いたことはなかったからだ。
 そりゃあね、と友人は言う。若いうちは相手が結婚してなくて、恋人がいることを隠して近づいて二番目三番目をゲットするパターンが多いから、引っかかったとしても、「世の中にはひどい人間がいるものだ」「そういう人間に引っかかってしまったのはなぜだろう」と思って、考えるよ。だから友だちに話すとしてもトーンがちがう。年とって引っかかったらなおのこと考えるから、友だちにも言わない人が多いでしょうよ。
 「自分たちは悲恋の運命のもとに出会ってしまった」という認識を持ち続けるケースは少ない。そこまでずれた認識を持ってきて「肯定してくれ」と言われても、わたしにはできない。それでね、はっきり言って、あんたが女をひたすらかわいそうがって男の悪口ばかり言いたがるのも、同じくらい認識がずれてるの。おかしいの。

 わたしは二度驚いた。だって悪いのはその男じゃないか。たしかにあの子には恋に恋する少女のようなところがあるけれど、だからといってそれが悪いというのは酷ではないか。純粋でひたむきなところを利用された被害者ではないか。
 わたしのそのせりふを聞いて友人は顎を下げ、わずかに口の端を上げた。それから言った。さっきの話のひどい男に対して「あの人は少年のような人だから」って言われたらあんたどう思う。
 わたしは即答した。幼稚な男が理屈に合わないことしてるだけだと思う。

 友人は右手で軽くトスの動作をしてみせる。
 そして言う。あんたは女に甘すぎる。とくにお気に入りの女に。ちょっと度を超えている。そういう女の話をするときのあんたは、それこそまったく理屈に合ってない。
 わたしはそんなことを言われたためしがなかったから、すぐに返答できなかった。お気に入りの女?

 友人は言う。
 思うんだけど、いわゆる男好き女好きというのとは別に、男という存在が好きな女と、女という存在が好きな女がいて、あんたは後者のだいぶ極端なやつなのよ。あんた自身が異性愛女性だとかそういうのはあんまり関係ない。いや関係あるのかもしれないけど、あと男とか女とかのカテゴリ自体への疑問をわたしあたりは持ってるんだけど、そういうのはまあ置いといてさ。女に甘い女なんだよ、あんたは。同じように男に甘い女もいる。その中でもあんたは極端。対象が男なら無遠慮に断罪するくせに、お気に入りの女はどこまでも庇う。お気に入りじゃなくても甘い。見知らぬ相手にもデフォルトで甘い。自覚ないなら気をつけなさいよ。そろそろ部下を持ったりするんだからね。公平にやんなさいよ、ほんとに。

 わたしはとりあえず言った。仕事のときに性別で差をつけたりなんかしないよ、わたしそういうの嫌いだもん。
 仕事以外では、と言おうと思ってことばが出なかった。仕事以外では不公平でもいいような気が、少しした。