傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

利益つきの友情

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。通達は何度かマイナーチェンジしながら繰り返され、近ごろ事実上ゼロになった。「行動制限なし」というふうに呼ばれている。
 昔の友人から「行動制限もなくなったし子どもたちも大きくなったので、飲みに連れていってほしい」というメッセージが入った。わたしは少し驚いた。
 この人に会うこと自体は三年ぶりである。しかし二人で会うことは十年以上前からなかった。友人が子どもを置いて外出することができないからだ。この人が結婚して以降、夫抜きで会ったことがない。子どもができる前も、必ず夫を同伴していた。
 わたしはこの夫に興味を持つことができず、どちらかといえば不快な人間だと感じていたので、友人の家に行くのは年に一度か二年に一度にし、そのときは別の友人も誘う習慣を作った。その場にいる人間が増えればわたしが友人の夫の相手をしなくても済むからである。

 子どもたちももう赤ちゃんじゃないのだし、旦那には「たまに小学生二人との留守番くらいするのは当然のことです」と言ったの。友人はそう言った。三年前に会ったときよりずっと若々しく見えた。髪やメイクのせいかもしれないし、不健康に痩せてしまっていたのが少し戻ったのかもしれない。つるりとした質感のいかにも新しい服を着ているし、アクセサリーの組みあわせも今っぽい。
 わたし、もう、つくづくいやになっちゃって、と友人は言った。旦那はひとの気持ちがまったくわからない人間だから。わかろうという気もないの。話すだけ無駄なの。でも役には立つのよね。だからしょうがないんだけど。とはいえわたしの友だちを呼んであげる必要はもうないわ。自分に友だちがいないからってわたしの友だちを呼びたがるの、本当にいやだった。でも子どもがすごく小さかったから。どうしようもなくて。

 わたしはあいまいに笑った。やっぱりな、と思った。この人は自分の夫が楽しく話せる相手でないとわかっていてわたしたちを呼んでいたのだ。わたしたちはこの人の手持ちのカードとして「子どもたちがなついている友人がやってきて楽しい週末を過ごす日」を、夫に提供していたのだ。
 世のなかにはそのように自分の交友関係を使用して別の人間にサービスする人間がいる。
 もう一軒いきたいなと古い友人は言う。夢みたいに楽しいからと言う。だからわたしは途中下車して、自分がときどき行くバーに寄ることにする。

 ばかじゃないの。
 古い友人を振り切るようにして帰宅すると、同居している恋人はあっさりそう言った。それ完全に最初から狙ってたやつじゃん。あんたが飢えたかわいそうなレズだからちょっと誘惑すれば尻尾振って「彼氏」役になると思ってたやつじゃん。
 わたしは古い友人から「ラブホテルに連れて行ってほしい」とまで言われ、大笑いしてごまかして逃げ帰ってきたのだった。
 いるよそういう女。恋人は言う。ヘテロだけど、まあまあ稼いでていい店連れて行ってくれて「引っぱってくれる」タイプの女を都合良く使おうとする女。その子、別にあんたに恋なんかしてないからね、言っとくけど。
 わかってる、とわたしは言う。ちょっとした現実逃避のための「男役」が欲しかっただけでしょ。そういう人たちにとって「彼氏」の機能がそなわってるけど生物として男性じゃない存在が便利だってことは、まあ想像つくよ。でもそんなちょっとした逃避に二十年来の友だちを使う?
 使う。恋人は断定する。あんたにとってはマイノリティの自分を否定しない同性との長年の友情は大切なものなんだろうけど、向こうにとってはべつにそうじゃないから。あんただってわかってたんでしょ、昔から、旦那に楽しい休日を過ごさせるためのカードだったんでしょ。なんで今更ショック受けるのよ。便利なのは一緒でしょうよ。
 わたしにとってはあんたのほうがわかんない。「なめやがって」以外の何者でもないじゃん。その場でLINEブロックしないなんて、意味わかんない。そこまで虚仮にされてまだお友だちのふりをして何もなかったみたいなメッセージを送ってあげるなんて、ぜんぜんわかんない。

 わたしは力なく笑う。わたしは女たちの、わたしの恋愛対象でない「普通の」女たちがときどき示す狡さに、気づいていないのではなかった。多少の計算があってわたしに近づいてきたのであっても、ほんとうはいくらか蔑まれていたとしても、仲間に入れてほしかったのだ。