傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

世界が小さくなったあと

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。僕の学生時代からのバックパッカー仲間の龍二が「もう子育てするしかない」と言い出したのはそのせいである。
 僕は仰天した。龍二は何かに拘束されることがものすごく嫌いなので、自由に旅に出ることを嫌がる女性とは付き合わない、子どもはいらないと、そのように公言していた。物体を所有するとそれに拘束される気がするという理由でやたらとものの少ない部屋に住み、ベッドさえ持たず、高性能の寝袋で寝ている。彼女が来たら彼女も寝袋で寝かせるのである。なんていうか、彼女もすげえと思う。僕だったらベッド買えって言う。買ってやるかもわからない。

 疫病の流行によって龍二は成人後はじめて自宅で年越しをした。社会人になってからはとくに長期休暇が貴重なので、年末年始は毎年海外にいたのだ。機長にハッピーニュイヤーと言われ続けてはや十年、死ぬまでそうやって過ごすものだと、彼自身も思っていたそうだ。
 僕も四日も休みがあれば航空券を探しはじめるクチで、国外に出られなくなる日が来るなんて考えたこともなかった。国内旅行も自粛の対象で、時期によっては県境を超えることさえやめろと言われる。そうすると休みに何をしていいかわからない。
 僕は料理に凝り、龍二トレイルランニングをはじめた。それなりに上達して、インターネットで新しい趣味の仲間を探して、そこに会話も生まれたりもしている。それでも僕らはものすごく暇である。旅が僕らにどれほどの刺激をもたらしていたのかを、強烈に思い知っている。

 あまりに暇で旅が恋しいので、東京にやってきた旅行者のふりをして休日を過ごすことにした。海外からやってきて歩き回っている、という設定で場所を選び、旅行者になりきって感想を述べるのだ。
 僕らは古本屋街を歩き、老舗のカレー屋で昼食をとり、やはりとても古くからある喫茶店(カフェではなく、喫茶店である)で買った本のプレゼンをした。旅行者ごっこの一環で、海外旅行者として選んだ古本を旅行仲間に自慢するという遊びだ。そしてその後は銭湯に行き、風呂上がりには謎のローカル飲料・コーヒー牛乳を飲むのである。

 龍二は英語でコーヒー牛乳を褒め称えたたえて笑ったあと、不意に素に戻って、退屈だ、と言った。世界を見られなくなって退屈だ。もうタイとかでいいから行きたい。東南アジアに行きすぎて飽きたなんて言った俺が悪かった。懺悔する。国境を越えたい。もう台湾とかでいいから行きたい。あのへんはもはや外国じゃないとか言って悪かった。反省している。これから何年も東京にいるなんて悪夢だ。東京は好きだけど、俺の世界が東京サイズに縮んだことが耐えられない。だからさ、もう子ども作ろうと思って。そうすれば子どもの目を通して世界を見るから、もう一度世界が広くなる。

 暇だから子育てするっていうのでも、べつにいいだろう。退屈に殺されそうなんだから、命がけでやるさ。彼女は前から子どもはほしいって言ってたし、この年になるとキャリアの先も見えるから、極限まで仕事をしたいとも思わない。いや、出世はするだろうよ、転職もしようと思えばできるだろう、言っちゃなんだけどできるからね俺。でもそれでもたいした変化はないだろう。暇なままだ。それなら多少給与が減ってもいいからゼロから人間ひとり育てたほうが暇じゃなくなる。

 あんなに何にも縛られたくないと言っていた人間が、変われば変わるものだ。でもこの焼けつくような退屈をうっちゃるには、たしかにいいアイデアなのかもしれない。
 おまえ子ども好きだろ、と龍二が言う。好きだよと僕は言う。しょっちゅううちの子と遊んでやってな、と龍二が言う。おまえを子どもの親戚みたいな扱いにしたいんだ、彼女の姉ちゃんが子ども好きの友達を子育てリソースに組み込んでうまいことやってるんだよ、その話きいてて、じゃあうちではおまえにやってもらおうと思って。
 僕は男の恋人と住んでいるから子どもはできない。血縁にこだわりはないけれど、今の日本では同性カップルが里親になるハードルがとても高い。だから僕の人生に子どもはきっとやってこない。そのことを不公平と思わないこともない。でもこうやって自分のことを理解してくれる友人が「子どもの親戚になってほしい」と言ってくれる。

 世界が小さくなったあと、僕らの退屈をしのぐ主な方法は他人になったのかもしれなかった。