傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2011-01-01から1年間の記事一覧

おしらせ iPhoneアプリをバージョンアップしました

このブログのiPhoneアプリを1.1にバージョンアップしました。 1.0に掲載したブログ未発表エントリ三編に加えて、五編のおまけエントリを掲載しています。うち一編はいつもブログに書いているものよりやや長いエントリです。ダウンロードはこちら。

幽霊を待つ

幽霊が出るというので見にきた。大きくとられた窓の外にはまず空があり、視線を落とすと線路があり、それを少しずらすと駅舎が見えた。 悪くない部屋だ。東京の巨大な衛星のような市の、あたりでいちばん背の高い集合住宅の中にある2LDK。近所の小学校の新入…

あなたでさえも遠ざけて

包まずにタグだけ切ってもらって首に巻いた新しいストールを見せびらかして私は言う。このビーズ刺繍すごくいい、私に似合うと思う。彼女は携帯電話に目を落としたまま可愛い可愛いと私をあしらい、倦怠期の彼氏かと私は言う。 私たちは買い物を済ませて何年…

連休の繭

連休中はどうしてたと訊くと、彼女はうっとりと笑い、なんにも、と言った。なんにもしなかったし、どこにも行かなかった。私はすぐにことばが出てこないときいつもそうするように自分の指先をながめた。そこを走る神経に電気が流れ、それが脳に到達するとこ…

魔にもさされない

電話を取ると、なんかおもしろい話ないと彼は訊く。どういうのがいい、と私は聞きかえす。悲劇的なやつがいいと彼は言う。誰かの人生がだめになるようなやつ。 だめになる話の在庫はないな、劇的に幸せになる話はどう。私がこたえるとそんなの要らないと彼は…

午前二時の牛丼屋で生き別れの姉にビールを奢った話

彼がいつものように深夜の牛丼屋のカウンタを拭いていると、女がひとり入ってきた。客はほかにいなかった。彼女は牛丼と瓶ビールを注文し、彼はその顔を見て凍りついた。彼女は目を見開き、それからにっこりと笑って、彼の名を呼んだ。ここで働いてたの、び…

土曜の朝の子守歌

時計を見るととふだん起きる時刻だった。今日は休日だと思いながら布団のなかでにこにこしていると、携帯電話が鳴った。 私はそれを取り、ベッドから半身を乗りだしてカーテンをひらく。朝の習慣だ。おはようと私は言う。さわやかな朝だね。日光をあびると良…

悪いことしてみたかった

とってもいらいらして、と彼女は言った。しかたないよと私はこたえた。毎日まいにち警報が鳴って地面がぐらぐら揺れてるんだから。落ちこむというより、なんかもう、じっとしていられないの、だから悪いことしようと思った。生真面目に筋をとおしてやってき…

彼の優等生

妻はどうですかと彼が訊くので、私は心底から絶賛した。あんなに有能な人はそういません、彼女はうちの部署のエースです、準備は周到で進行は計画的、アウトプットにムラがない、もう完璧です。 彼ははずかしそうに、いやあ家ではぜんぜんそんなことないんで…

おしらせ アプリとブログの著作権、Webサービスの利用

このブログの著作権は私こと槙野さやかに属しています。発売中のiPhoneアプリについて、プログラムは@kataxさん、イメージは@t_ayayayaさん、テキストは私が、それぞれ著作権を保持しています。 アプリの文章とこのブログのエントリを転載する際には、転載で…

フラジャイルのゆくえ

恩師は会場を視線で走査して私と近い年代の卒業生の名を次々と口にする。カキハラちょっと太ったよね、でも前よりいい男になった、サカモトの子、でかいな、うちの子とおんなじくらいに見える、ハヤシはナチュラルメイクに転向したのか、うん、結構なことだ…

正義アディクション

みんな正義が好き、と私は言う。とくに今は、大勢の人が正義と善を成したいと思ってるみたいに見える。一ヶ月後でなく、半年後でなく、今すぐ何かしたい、私もそう思うことがあるの、どうしてかな。 コントロールしたいからだねと彼はこたえる。状況は制御可…

大丈夫って言いたくなかった

ゆうべも揺れたねと彼女は言った。ねー、怖かったあ、と私はこたえた。眠ってても揺れた気がして起きちゃうし、ほんと、つらい。 彼女は一瞬の、ずいぶんと重量のある沈黙ののち、表情のない声を出した。サヤカあなたなんでそんな簡単につらいって言えるの。…

おしらせ iPhoneアプリの売上を寄付しました

「傘をひらいて、空を」iPhoneアプリについて、三月十二日のエントリのとおり、リリース以降の蓄積と今後一週間までの売上からAppleの手数料を除いた全額を、東日本大震災救援金として日本赤十字社に寄付しました。 お買い上げいただいた方々に厚く御礼申し…

仮定による傷、処方としての贈与

災害のためでなく、もとより私たちのあいだには電話を使う習慣がなかった。ふたりともけちなのだ。だからおしゃべりにはskypeを、それが普及する前はチャットを使っていた。 私は内心、skypeがある時代でよかったと思っていた。たいした被害も受けていなかっ…

おしらせ iPhoneアプリの売上を寄付します

「傘をひらいて、空を」iPhoneアプリについて、アプリ開発者の@kataxさん、デザイナの@t_ayayayaさんと相談し、リリース以降の蓄積と今後一週間までの売上からAppleの手数料を除いた全額を、東日本大震災救援金として寄付することにしました。 今までお買い…

サーカスの馬

彼は話し、私は笑った。彼は自分の身のまわりのできごとやそれをもとに考えたことを話すのがとてもうまい。私たちは速度や語彙の制限なしに会話することができる。私たちは年に何度か、ふだん行かない住宅街のなかの小さいコーヒーの専門店で待ちあわせ、そ…

アイスクリームの赦し

恨まないのと訊くと何をと彼女は聞きかえす。あなたたちのおうちを、と私は言う。あなたとあなたの弟さんがそんなふうに仲違いしたのはご両親のせいじゃないの、どう考えても悪いのは彼らでしょう。 彼女は仏像みたいにほほえむ。私は黙る。彼女はときどきそ…

ドミノの夜

主催の事務局からのメールをたよりに知らない人しかいないパーティに行く。仕事を終えてふだん降りない駅の改札を抜け、案の定まよって、いくつかの角を曲がり、ようやくそこにたどりつくと、壇上では人々が肩を組んで記念写真におさまっている。みんな楽し…

おなかじゃんけん

そういえば弟さんって今なにしてるんだっけ。何気なく訊いたら、彼女はわずかに眉をこわばらせて、それからほほえみ、働いてる、たぶん、とこたえた。たぶん? この五年近く、ほとんど話をしていないの。彼女はそう続けて私を困惑させる。五年前なら、彼女は…

嘘とさよなら

これからもがんばってくださいと誰かが言った。またどこかで。私も頃あいを見て彼に近寄り、あいさつした。それもう飽きましたと彼は言った。みんな同じこと言う。 だって定型句は便利ですよと私はこたえた。送別会では、またいつか。結婚式ではおめでとうご…

河川敷に捨てる

彼女はアウトドア用の折りたたみ椅子に座っていた。私は彼女に会釈してコンクリートブロックに腰をおろした。そこは河川敷の中でも高い確率で複数の猫と遭遇できる場所だった。私はそこでさわらせてくれる猫をさわり、さわらせてくれない猫をながめてぼんや…

おしらせ  アルファブロガー・アワード2010にノミネートされました

このブログがアルファブロガー・アワード2010個人ブログ部門にノミネートされました。 投票期間は二月十四日まで。投票方法はこちらに記載されています。 また、一月七日にリリースしたiPhoneアプリも、たくさんの方にダウンロードしていただいています。あ…

水かきを切る

ほら、と掌が差し出される。きれいな骨のかたちがわかる白い指が奇妙な動きを見せて、止まる。私はなぜだか反射的にそこから目を逸らし、左側に座る彼女の顔を見る。私はそこにも長いこと焦点を置くことができず(その掌はまだ私の正面に提示されたままで、…

ヒーローをみつけた日

途中まで友だちが車で送ってくれて、あとは歩いてきた、と彼は言った。彼女がどうやって来たのと訊いたからだけれど、彼らのどちらもそんなことに興味はなかった。でも彼らは口を利く必要があったし、それによって感情をやりとりする必要があった。彼女は十…

おかあさんの貯金

まだ荷物の検査をしなくて大丈夫ですねと彼女は言った。座って待ちましょうと私はこたえた。彼女は彼女の娘に低く甘い声で私にはわからないことばを与えた。 彼女は日本で八年働いて、これから中国に帰る。彼女の娘は七つで、就学に合わせて母親のいる日本に…

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おかあさんのごはん

いつもより上等の昆布買っちゃった。藤井はそう言って調理用の鋏を使う。四角いまま鍋底に敷くので、切れ目を入れなくていいのと私は尋ねる。そのほうが出汁が出るって何かで読んで、私そうしてるんだけど。 年始休暇の最後の日、三人で鍋を囲むことになった…