傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

ドミノの夜

主催の事務局からのメールをたよりに知らない人しかいないパーティに行く。仕事を終えてふだん降りない駅の改札を抜け、案の定まよって、いくつかの角を曲がり、ようやくそこにたどりつくと、壇上では人々が肩を組んで記念写真におさまっている。みんな楽しそうに笑って話している。私は誰の顔も知らない。メールやSNSでやりとりしていた人が誰かいるといいなと思う。
はたしてそういう人はいて、どうもどうもと私は頭を下げる。どうも、なんだというのだろう。とても滑稽だ。どうもどうも、お目にかかれてうれしいです、いつも読んでます。そうなんですか。すごいですね。すてきですね。滑稽で便利なことばばかりを私は遣う。手持ちの(三十六種類くらいの)笑いかたからなるべく社交的なものを選んでトランプのカードみたいに提示する。みんなも提示する。みんなのカードは私のよりずっと上等に見える。
いつものことだ。私はいつも身の置きどころがない。私はいつもわりとたのしい。それらは相互に矛盾することなく私のなかに並んでいる。
マキノさんですか。声がかかって私はいい人の顔のまま振りかえる。はいマキノです。嘘だ。私はブログのなかのマキノサヤカのようではない。あんなに善良ではない。
でも私ははいと言う。彼女は見事な笑顔で、いつも読んでいますと言う。とても好きですと言う。ありがとうございますと私は言う。好きです、なんて、どうかしている。そんなのは日常語ではない。
みなさんとどんなお話をしていたのですかと彼女は問う。私は彼女を見る。長い髪をして、黒い服を着て、幽霊みたいにきれいだ。とても小さい。小さくて細くて鎖骨の下からへその上あたりだけがほとんど異常なくらいの量感でふくらんでいる。
そうですねさっきの方はね、うちのブログを書いてるのはもしかすると男じゃないかと思っていたんだそうです、性別も年齢もブログの通りですねえって、そんな話をしました、と私は言う。
彼女は愉快そうに、男じゃないんですかと質問を返す。ときどき間違えられますがと私はこたえる。もと男の女性に、仲間じゃないかって、よくできてた人工の女じゃないかって、言われたことありますよ、こんなふうに骨が太くて、男の顔を女らしく繕ったような造作をしているものですから。でも生まれつきです。
彼女は小さい声で笑い、ねえマキノさんと言う。私も嘘ばかり書いているんですよ、マキノさんみたいにほんとのことを混ぜたりしないんです、この私を私の嘘のなかに入れないんです、そしてマキノさんみたいに嘘だって言わない、そのほうがたのしいからです、みんなほんとうだと思っているの。
それはすてきですねと私は言う。嘘は嘘だと言ってしまったらほんとうはいけないんです、でも私は言ってしまう、上等な嘘は嘘と知らせないでつくるものなのに、私にはそれができない、誰かのふりをしてみたこともありますが、続けることができなかった。私は続けていますと彼女は言う。私は男のふりをしている、マキノさんみたいに、見たらほんとに女だったなんてことはありません、性別だけじゃなく、全部偽っています、いい気持ちです。
どうしてかしらと私はたずねる。私は、現実の私や、私の知っている人たちの見た、きついことやひどいことやどうしようもないことを、少しだけ愛しやすいものにしたくって、浮き輪をふくらませるみたいに、書いています。でもあなたは純粋な嘘を書いていると言う。
それはね私が世界を憎んでいるからですよと彼女は言う。私は世界を沈めたい、たゆたっているすべてを引きずりおろしてしまいたい、暗い海のなかに。いつか嘘だってばらしてみんなを暗い気持ちにさせるの。
さっき話していた人が誰かを連れて戻ってきた。目が合う。紹介してくれるのかなと私は思う。彼女に会釈しようとすると彼女は私の耳元でひとことささやき、お化けみたいにきれいにほほえんで、離れた。
私は呆然とする。紹介してもらった人にオートマティックにはじめましてはじめましてと言う。私は彼女の口にしたブログを読んでいた。好きな文章だった。書かれていたものたちが彼女のせりふひとつを決め手の石にしてドミノのように裏返り裏返り裏返り、むきだしの憎しみを見せる。彼女の思惑通りに、私はつらくなる。あれが、みんな、嘘だなんて。