家事分担って、揉めるんだってさ。
わたしがそのように言うと、夫は完全に他人事の顔で、なるほど、インターネットでもよく話題になるね、などと言った。うち、揉めないじゃん、なんでかなと思って。わたしが訊くと夫は戯画化された西洋人のように肩をすくめ、そりゃ、あなた、八割は子どもがいなくて二人とも健康状態が良好だからですよ、と言った。シンプルに家事の総量が少なくて助けを必要としている人間がいない。将来高齢者になったら揉めるかもわからない。
それから小さい声で言った。残り二割の話はね、反感買いかねないからおれ余所ではしないんだけどね、カネと能力の問題だと思ってるから。
「カネ」は金持ちかどうかじゃなくて、家事に課金するかどうかってこと。おれあなたが何かあったとき速攻カネで解決するのわりと好き。かっこいいと思う。ふだんけちだからよけいに。こないだロボット掃除機が壊れたときだって、おれが探してきた10万の掃除機、平気で買ったじゃん、家計で、つまり一人あたま五万で。家具家電の買い替えプールがなくなったところで壊れたから、臨時支出で。あれ、片方が「二万の非ロボット掃除機にして手で半分ずつ掃除しよう」って言い出したらめちゃくちゃ揉めるよ。もうね、愛とか関係ない。揉む。率先しておおいに揉むねおれは。
つまり双方が数万円程度の臨時支出を許容する稼ぎがある上で、「出す」と判断しているから揉めない。二人とも全自動洗濯乾燥機フル活用だし、その電気代をとやかく言う人間はこの家にはいない。
カネがもっとうんと少なかったらスペースも減るから、そこもポイントかな。うち、リビングの棚いっこまで、どちらかのもの、または共用、って決まってるよね。共用の部分はなんとなくルールができてるし、相手の部分には口を出さない。これもカネで解決してる系の問題だと思う。口を出さないのは人格の問題でもあるけど。でもまあ自分にとって人格が好ましい人間と一緒になるのは当たり前のことだからなあ、あんま考えてなかった、そのへんは。
あとは能力。
家のことでどちらかしかできない部分がない。これはでかい。家計管理、契約や事務手続き、家具の組み立て、スマート家電の設定、引っ越しの手配、あれやらこれやら、住居を確保して生活を成り立たせるすべての仕事について、どちらかしかできないことはない。どちらかのほうが得意なことはあるから、やってあげたりやってもらったりはするけど、それはまあ、あったらうれしいプレゼント、みたいなもんじゃん。
料理については、おれの生まれた家の影響はあると思う。父母双方の祖父母の代から家族全員料理すんの。食いしん坊の家系で、自分が食べたいものは自分で作るという意識がある。未成年に晩飯を提供するのは、たとえばいつもは母親がやる、父親がやることもある、で、弁当は基本父親、とか。おれなんか高校生のとき中学生の弟に土曜日の昼飯作ってもらってたからね。練習がてら予定がない週は基本やるって言うから、ありがてー、って。
何か難しいこと考えてやってる人間はあんまいなくて、なんだろ、なーんも考えずに人間が寄り集まって暮らしてみんなで楽しくやっていこうと思ったらそうなった、って感じ。病人と年寄りは体調と相談、子どもは遊んでろ、興味があったら教えてあげよう。作ってもらったら喜んで食って皿を洗え。これがうちの「なーんも考えてない」なんだけど、外ではそうじゃないところも多いって知ったの、わりと大人になってからなんだよな。正直びっくりした。
あと調理者は調理プロセスで使用したすべての道具を原状復帰するのが当然だというコンセンサスがある。食材調達、調理器具の片づけ、残った食材の管理までを調理者がやるのが当然で、できないのは「料理を教わっている途中の子ども」なわけ。たとえば大人が勝手に食材使ったり片づけが甘かったりしたら、ちょっとびっくりして「何かあった?」くらいの感じ。
あなたはやたらと料理がうまいし、作り終わった段階で台所がきれいなんだから、そりゃ揉めない。揉むポイントがない。「見守る」という考え方も理解できはするから、料理がぜんぜんできない女の子と結婚したとしてもすぐに揉めるってことはなかったかもしれないけど、でも、かなりのストレスだっただろうなあ。もちろん、意思表示と合意形成の能力がないとどうにもならない。
結局「能力がある」という身も蓋もない話になっちゃうから、外ではあんまり話さないんだよね。逆にカネですべてを解決してて、うちみたいなのは「貧乏でかわいそう」と思ってる家もあったりするだろうし。