傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

マイ・イマジナリー・アキコ

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから今まで二年半のあいだ、わたしは何度か章子と顔を合わせた。でもそういえば、と章子は言った。「アキコ」の話はしてなかったよね。疫病からこっち、アキコはどうしてる?

 章子はわたしの学生時代の終わりごろにできた友人である。アルバイト先の塾の控え室で話したのが最初だったと思う。もっとも、わたしが就職活動のためにアルバイトを辞める直前に話したから、仲良くなったのはひとつ年下の章子が就職して久しぶりに連絡が来たあとのことである。
 章子はいつも華やかなファッションに身を包み、同世代ではあまり見ない個性的なアクセサリーがよく似合っていて、社会人になりたてとは思われない雰囲気を持っていた。ワインと本が好きで、難解な学術書を読みこなし、三カ国語を話して、たいへんなグルメでもあった。しょっちゅう違う男の子とつきあっていて、十八から同じ彼氏とダラダラ過ごしているわたしは「ドラマティックだなあ」と思っていた。わたしと章子は別々の専門職に就いていて、章子の職業のほうがずっと格好良い響きだとわたしは思っていた。
 そんなわけでわたしは、ときどきお茶やお酒をともにするようになってからしばらくのあいだ、章子のことをすごく都会的でさばけた女だと思っていた。章子から「お金ない」と聞けば「高価な本と服とワインでなくなっちゃうのね、ふふふ」と思い、「彼氏と別れたの」と聞けば「フランス映画みたいな恋愛してるなあ」と思い、「太っちゃって憂鬱」と聞けば「またまたー、ぜんぜん変わってないじゃん」と思っていた。

 しかし、何度か会って会話の内容が深まると、わたしは自分の中の章子像が誤っていることに気づいた。
 章子は学生時代から質素な暮らしをしていたし、最初に勤めた会社の給与がその職業としては異例なほどに低く、東京での一人暮らしには余裕がなかった。それでくせがついたのか、転職して収入が倍増したあとも出費をおさえていた。というより「贅沢することに心理的なブレーキがある」とのことだった。新卒時代にお金がないと言っていたのは、ほんとうにただなかったのである。
 章子はいまだに出身大学の図書館に通っていて(卒業生が使用できるシステムがある)、ワインは安くて美味しいものを探すこと自体が趣味であり、服やアクセサリーは古着で手に入れているのだった。本人は恋愛に一途なのになぜか浮気者を次々と引き当て、自分の容姿をやたら細かく気にし、頑張っているという自負があるだけにちょっとした不正義に遭うたびストレスを溜めていた。
 こちらが真の章子だ、とわたしは思った。意外と気が小さいのだ。そして、まじめないいやつである。わたしが想像していたのとはぜんぜんちがう。

 わたしは章子にわたしの想像上のアキコの話をした。物憂げで大胆で浪費家で知性の無駄遣いに余念がなく、男の子を誘惑してはすぐ飽きちゃう罪な女、アキコ。
 イマジナリー・アキコ。章子はそう言ってげらげら笑った。誰そいつ全然わたしじゃないじゃん。そうなんだよとわたしはこたえた。あなたじゃないんだよ。
 でも悪くはない、と章子は言った。わたしも嫌いじゃないな、そういう女。
 そしてイマジナリー・アキコはわたしと章子の共通のコンテンツになった。章子はときどきわたしに尋ねた。そういえばアキコはどうしてる。
 そのたびにわたしは話した。アキコが二度目の転職の前に長いバカンスをとってモロッコポルトガルを旅したこと。にわかにスピリチュアルっぽいことを言い出して一瞬で飽きたこと。二十代後半に電撃結婚して半年で離婚して、今は珍しく慎重になって恋人との同棲を避けていること。天然石を使ったアクセサリー作りという新しい趣味を持ったこと。
 章子はそれを聞いて楽しそうに笑うのだった。章子の転職は一回、海外旅行はアジアに何度か、結婚はしないと公言している。

 わたしは疫病流行以降のアキコについて考える。そういえばわたしもアキコのことを忘れていたのである。アキコのような人物は疫病下ではいろいろとやりにくいのかもわからない。
 アキコに(脳内で)連絡とってみる、とわたしは章子に言う。最近何してたか聞いてみるよ。
 そうして、と章子は言う。まああの人のことだから適当にやってるでしょ。ボヘミアン調の服とか着始めてそう。
 わたしはそのせりふを心の中にメモする。半年先か一年先か、章子とまた会うときのために、アキコについての空想の種をまいておく。