傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

知人の選択 あるいは老いについて

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年あまり、わたしの連絡ツール各種にはすでに誰だかわからなくなったアカウントが大量にある。

 わたしは今年三十三歳で、この世代の中では比較的長期にわたって感染リスクを重く見ていたほうだったかもしれない。しかし極端に人づきあいを制限しつづけたわけではない。最初の緊急事態宣言があけてからはひとり二人と会うことはしていた。もともと大勢よりサシのつきあいが好きなタイプだから、それほど強い不自由を感じてはいなかった。
 今年に入ってからは一気に相手を増やし、疫病流行以来顔を合わせていなかった人とたくさん会った。職場が同じだが常には接点がない同僚とか、趣味の場で知り合って「次はどこそこに行きましょう」という連絡が宙に浮いたままだった相手とか、数年に一度集まっていた高校時代の同級生とか、そんな人々である。

 今週末は親しい友人の妹と会ってきた。出産のお祝いに行ったのだ。わたしが友人の家に遊びに行って顔を合わせていたころにはまだ子どもだったのに、月日が経つのは早いものである。あいだに疫病がはさまっているから余計にそう感じるのかもしれない。
 さて、これで最後かしら、とわたしは思う。わたしが疫病流行以来顔を見ることができていなくて、そしてわたしが会いたいと思っていた人は。
 たぶんそうである。
 わたしはスマートフォンを取り出し、まずはLINEを見る。いるいる、うようよいる、「誰だっけこの人」というアカウント。もうね、名前まで変わっているからね。とくにわたしより年下の人は、記憶の手がかりさえないような記号を名前欄に表示させていたりする。
 わたしはそれらを確認する。そしてひとつずつ削除する。
 知らない人がいる場に行くことは苦にならないたちだ。二十代までは呼ばれればとりあえず行っていた。その結果、さほど楽しくなかったり、なぜかわたしが自分を好きだと思い込んだ男性から大量のメッセージが届いたり、様子のおかしい昔の同級生から「ビジネスの師」を紹介されそうになったり、お金をもらって男性と交際するクラブに興味がないか尋ねられたり、クラシックコンサート仲間を作るという体裁でカルト宗教の勧誘を受けたり、ホームパーティという体裁でマルチ商法の勧誘を受けたり、お茶会の体裁で「スピリチュアルヒーラー」の勧誘を受けたり、した。
 こうやって並べるとろくな目に遭っていない。
 しかし、勧誘など迷惑な声かけのある会合はたまにしかなく、あっても強引に帰ってきてしまうので、声かけ以上の被害に遭ったことはない。わたしは呼ばれた場にほいほい出かけ、呼ばれなくても何やら楽しそうな場があればひょいひょいお邪魔し、のんきに人と知り合い、多くの人とはその場だけを楽しみ、少数とはその後も交流を持ち、そのさらに一部とは今でも友人である。
 疫病下、知らない人と対面する場は一斉になくなった。きっと今はあれこれ再開されているのだろうけれど、わたしはもうそういうのはいいやと思っている。

 わたしはSNSをひらく。ろくに投稿しない上、疫病下のあいだに見る習慣さえなくなったので、返すべきメッセージがあれば返し、こちらはあまり見ていないと告げる。そして誰だかわからないアカウントや今後会う気にはならないアカウントを削除する。多い。ものすごく多い。しかもSNSは一つではない。
 わたしは圧倒される。人々のつながりへの欲求に圧倒される。かつて自分がその中で元気に動きまわっていたことに圧倒される。
 三十代前半でこんなことを言うのは生意気なのかもしれないけれど、わたしはもう「広げる」フェーズではないのだと思う。老いた、といっていいかもしれない。
 職場を変える可能性はあるが、よほどのことがなければ仕事の内容自体を大きく変えることはないだろうし、近いエリアで引っ越しをする可能性は大きくても、まったく異なる地域に移ることはたぶんない。そしてわたしには、ぼんやりとした「人脈」はあまり必要なくなった。人生において大切な人が増えるのは素晴らしいことだけれど、わたしは今、すでに出会った人を大切にするので精一杯だ。疫病の流行がわたしに友人知人を選別させたのだと思う。
 あとは意図的に広げることをせず、偶然に任せようと思う。世界は広いから、そしてわたしは長生きするつもりだから、突然嵐のようにわたしに何かが降ってくることはあるかもしれない。そのときはそれを受け止めよう。