傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

あなたを守ってくれた人

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために新規の彼女を作るのがなかなかたいへんになった。そうしたら、「あんたに泣かされる女子が減ってよかったじゃん」と友人が言うのである。

 僕が女性を泣かせるというのは正しくない。単に交際が長続きしないだけである。別れるとき泣く人は少なくて、だいたいは怒る。そうでなければ落ちこむ。
 怒るのは「彼氏を作ったのにすぐだめになったのはその彼氏のせいだ」と思っている人である。落ちこむのは「彼氏を作ったのにすぐだめになったのは自分のせいではないか」と思っている人である。泣く人は一人しか見たことがないけれど、あれは怒りや落ちこみを涙で表現しているので、悲しくて泣いているのではなかった。僕と別れるのが悲しくて泣くような仲になった相手なんか今までひとりもいないよなと僕は思う。だって、一人あたま十回とかしか会ってないんだから。

 こういう話をすると、僕が多くの女性と性的関係を持ちたがる唾棄すべきクソ野郎だと思われることが多いんだけれど、僕はセックスはそこまで好きじゃない。だからつきあった相手と必ずしているというわけではない。とくにこの二年ほどは「セックスするとなんか取られたみたいな気持ちなって怒る女性がいるようだ」と認識したのでやっていない。でもやらないほうが怒られるようにも思う。

 そして交際を終了させるのは僕ではない。相手の女性である。でも彼女たちだけが原因なのではもちろんない。デート数回で僕のテンションがダダ下がり、どうしたらいいかよくわからなくなり、放っておく。そしてふられる。いつもこのパターンである。コピペみたいだ。

 パターンが維持されるのはあんたが変わらないからだ、と友人が言う。人間関係の癖はその人を写す鏡だよ。新しい出会いがないうちに変えておきな、まわりがいい迷惑だから。
 友人は幼なじみである。実家が近所で親同士の仲が良く、友人の両親の都合がつかないとよく僕の家にいた。
 人間関係の手癖は親のせいにするのが定石なの、と友人は言う。たとえばわたしはさ、弟が手のかかる子で両親とも忙しくて、いろんな人に助けてもらって育って、今でもゆるくいろんな人と助け合うのがよくて、誰かと一対一で密な関係を築くとか全然合ってないわけ。だから彼氏も別にいらないわけ。誰もが彼氏彼女作っていずれ同居して、みたいなのに合うわけじゃないんだよ。昔はともかく、今はそういう型みたいなのに自分をぶちこまなくても生きていけるんだから合わないことする必要ない。
 こういう自己理解みたいなものがあんたにはないわけ、それが問題なわけ。友人はこのように話を締め、僕はちょっとあきれた。そんな簡単にいくわけないだろ。

 友人はちょっと笑って僕を見て、お父さんに似てきた、と言った。外見だけはね。かっこよかったよね、あんたのお父さん。シュッとしてて頭よくって。実質あんたんとこの会社を大きくしたのはおじいちゃんじゃなくてお父さんでしょ。でもチャラついてなくて、あの年代のわりに家のこともできて、料理上手で、わたしなんかもよくお世話になったでしょ。「みんなまとめて守ってやる」みたいな人で、あんたんちの家族も会社の人もお父さんのこと大好きでさ、あんな人が将来のモデルとしてまず提示される同性の親だっていうのはなかなかたいへんなことだよ。だからあんたは「守ってくれ」という態度をちょっとでも出されるとテンションめっちゃ下がるんだよ。

 そして、と友人が言う。そこで言葉を止めるのは友人としては一応配慮しているつもりなのだろう。でもそんなのぜんぜん配慮にならない。
 僕は父のようになってはいけないのだ。死ぬから。働き盛りで突然病気になってあっというまにやつれて死ぬから。
 父は自分が死ぬとわかってもみんなを慰めて励ますほど強い人だったのに、僕にだけこっそり言ったのだ。お母さんと妹をよろしくな、守ってやってくれよ。
 僕は十三歳だった。

 実際のところ母も妹もたいがい強靱な連中で僕に守られる必要なんかなくて、あれはただ父が感傷的になって言っちゃっただけのせりふなんだろうと思う。思うが、僕はそれでも自分の「守る」アレルギーが治る気がしない。

 いや、だから、と友人が言う。「守ってあげます」「守ってください」じゃない関係もあるでしょうよ。そういうのを作ればいいんだよ。さみしがりで惚れっぽくて彼女はほしいんだからさあ。だいじょぶだいじょぶ、そういう人も探せばどっかに落ちてるよ。