疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そうすると一緒に住む人間の重要性は良くも悪くも増す。事態の長期化もあいまって周囲では家庭生活の変化についての話が多くなった。このたびPCの画面越しに話している友人は離婚するのだそうである。
うちの場合はもう、Zoom離婚よ。原因がZoomなんだもん。冗談みたいだけど、実際にそう。そうそう、あのイケメン。友だちみんなそう言う。あはは。
まあ、外見はいいの。有名企業に勤めてもいるの。学歴なんかもいい。それでもだめなものはだめ。ああ、DVとかモラハラとかじゃないよ。そういうのだったら先に言う、話聞くだけでダメージ受けちゃう人も少なからずいる話題でしょ。
あのね、夫がZoom飲みに乱入してくるのよ。だから別れたの。
夫はわたしの親戚や友人のすべてに会いたがった。新婚当初は「わたしの周囲の人みんなにあいさつして、自分が夫だと言いたいんだな」と思って少し嬉しかった。「そういうのを愛情っていうのかしらね」なんて思った。でも夫は一度のあいさつでは終わりにしようとしなかった。二度でも三度でもわたしの友人たちとの集まりに参加したがる。したがるっていうか、当然みたいな顔してついてくる。
わたしはいやな気分になった。交友関係を制限したい系の、なんていうかDVの前兆じゃないかと思って、断るようになった。そうすると夫は引き下がる。引き下がるんだけど、なんていうか、落ち込むの。
わたしはできるだけ詳しく友人たちの話をするようにした。夫が心配しないように。そしてみんなが夫を認めていると、ことあるごとに付け加えた。それに加えて、男女まじりの複数人の会合にかぎって、夫の参加を許した。隅のほうにいるだけなら無害だし、見栄えもするから、みんな悪くは思わなかったみたい。
でもねえ、それでもねえ、一年もたてば鬱陶しくなるわよ。あのね、あの人、話題の提供ってものをしないの。にこにこして聞いるみたいな顔してるけど、人の話を聞いたのなら受け答えができるはずでしょう。でもそれはしない。
家ではわたしの話を聞くし、受け答えもする。でもつきあって二年、結婚して一年のころに、わたし、気づいちゃったの。夫のわたしに対する発言はすべて、すごく念入りに作られた定型文じゃない? 誰かが脚本を書いているように思えてならないんだけど?
飲み会や何かなら夫を置いて出かけられる。でも疫病以降そういうのは極端に減った。部屋でZoom飲みをするようになった。そうすると夫がふざけた調子で映り込んでくる。
最初はみんな笑ってた。でも二度目、三度目になると、わたしは画面を切って真剣に夫を叱るようになった。夫は棒立ちになってそれを聞いていた。
とうとうわたしはリビングに鍵をかけて、「二時間だけ寝室とダイニングで過ごしてよ」と言った。一時間が経過したとき、夫が扉をどんどん叩いた。わたしはぞっとした。自分の音声をミュートにして、扉の向こうの夫に向かってたずねた。どうして二時間くらいそっとしておいてくれないの。そうしたら夫は言ったわ。
どうして僕が友だちに会えないようにするんだ?
夫はね、わたしの友だちを自分の友だちだと思っていたのよ。親の言うことを聞いていい学校に行っていい会社に入って、言われたとおりに仕事して、会社のつきあいはあって、親戚の集まりに行ったらそれなりには扱ってもらえて、地元で同級生が大勢が集まるときには呼んでもらえることもある。でも夫にはそれ以外の人間関係はない。そして結婚したら結婚相手の友だちは自分の友だちでもあると、なぜだか思い込んでいたのよ。
夫は、なぜでしょうね、自分が友人関係を獲得しにいくという発想がないみたい。人間は魅力的に感じる相手としか話したくないんだということがあまりわかっていないみたい。みんながにこやかに接してくれて、みんなの側から話題提供してくれて、自分はそれを聞いていればいい、それが当たり前だと思っているみたい。ようやくまともな友だちができたのに、と言っていた。あなたの友だちじゃない、とわたしは言った。怖かったわよ。だから離婚するの。同意したくせに書類を返さないものだから、先に別居した。
どうしてわたしとは会話らしいことができたかって?
「女性というものは理不尽だからそうでもしないと手に入らない」と教わったのですって。誰にかって、そりゃあ、もちろん、お母さんよ。