傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

いつも死にたい一族

 知人が会いたいというので出かけた。知人は長く出版社につとめ、その後フリーランスになった編集者である。特別に親しいわけではない。他の出版・文筆関係者と集まったり、話題の新刊の感想を話すために食事をすることはある。そういう人がなるべく早く会いたいというのだから、きっとトラブルなのだなと思って、すぐに出かけた。

 冬の街をデコレーションするのは寒いからである。私はそう思う。クリスマスとかお正月とかのせいではない。寒くてやってられないからクリスマスとかお正月とかを言い訳にして飾りつけをするのだと思う。だって五月や十月ならきらきらさせなくても楽しいもの。世界がいつも五月と十月ならいいのにと言ったのは誰だっけ。

 A社が倒産の危機にあるらしいのです、と彼女は言った。A社は小さな出版社であり、彼女の取引先のひとつである。私もその社長に会ったことがある。あ、どうもお、マキノさんですかあ、お作拝読してますよお、文学的っていうんですかねえ、高尚? ですよねえ。そのようなことを言っていた。私はあまり好感を持たなかった。それきり忘れていた。

 倒産と聞いてそのことを思い出し、A社、と私は言う。A社、と彼女も言う。毎年受託している仕事があって、もう五年目で、今年の分、もう納品したんですけど、去年の分から、ギャラが支払われていないんです。督促はしています。でもわけのわからないことを言って払わない。もう、法律家のところに行くしかないでしょうか。

 なるほど、と私は言った。そりゃあ、弁護士案件です。でもあなた、それ以前に、疲れているでしょう。弁護士行くにしても、先に整理しておいたほうがいいですよ。よかったら私、MacBookでちょちょっと作りますよ。

 私にはわかる。A社の社長は悪である。業務上の信頼関係が数年続いて、それでその相手を突然に搾取したなら、そいつは人間としてだめなのだ。倒産じたいが裏切りなのではない。会社はときどきつぶれるものである。それで外注のギャラが支払えないというのなら、債権者として申し立てたらいい。それだけなら私はA社の社長を悪とは思わない。

 このたびはそうではない。昨年度分の支払いからずるずる引き延ばして過去の信頼関係に甘えてその後の仕事もさせて踏み倒す気満々なのである。もはやことの本質はA社の倒産ではない。「あれこれ言えば泣き寝入りすると思ってなめやがってこのクソ野郎」である。

 彼女に聞き取りをしながら書面を作った。どうもありがとう、と彼女は言った。そうして、こんなことは、たいしたことじゃあ、ないですよねえ、と言った。だってマキノさんも、名誉毀損剽窃で何度も申し立てをして、謝罪なり取り下げなりをさせているでしょ。ええ、と私はこたえる。でもお金の問題は大切ですよ、と言う。彼女はうっそりと笑う。そして尋ねる。

 ねえ、マキノさんは、いつも死にたい人だと思うんですけど、ちがいますか。

 違わない。私はいつも死にたい。私は、好きなことをして生きて、ほしいものはだいたい手に入れていて、いろんな人にかまってもらって、とても幸せだけれど、そんなこととは関係なく、いつも、死にたい。

 知人はもう一度、口の端を上げる。彼女は編集者になりたくてなった人である。家庭は円満、キャリアは充実、収入は夫婦ともに多めで、繁閑の差は大きいが仕事に生活が潰されることはない。いくつもの趣味を持っていて、大勢の人に好かれ、いつも自分に似合った服を着ていて、大病もしたことがない。

 築いてきた人生や今の幸福に関係なく、いつも、死にたいんですよね。私は言う。それが今回みたいなトラブルでばーっておもてに出てくるんですよね。わかります。私は、フィクションを書くときには「いつもさみしい」というようなあいまいな物言いをしているけれど、はっきり言って、さみしいなんていうのは、要するにオブラートで、ほんとうは、私たちは、いつも死にたいんですよ。

 それがわからない連中はたくさんいます、たとえ一緒に暮らしていても、わからない、愛情の問題じゃなくて、私たちの一族でないから、わからない。私たちが、ほんとはいつも、ずっと、死にたいってこと、わからない人には、ぜったいにわからないんです。だから一族同士でたまにごまかしあって、それで長生きするのが、いいと思いますよ。長生きしましょうよ。たまに悪い人間に行き会ったらアドレナリン出して潰す方向で行きましょうよ、静かにしすぎていると、わたしたち、うっかり死んじゃいますからね。