傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

あの日のほっともっと

 善子ちゃんは以前、僕の上司だった。今は妻である。
 僕が善子ちゃんを好きになったのは、ある意味で打算の産物だと思っている。マンガみたいに突然恋に落ちたとか、世界一美人に見えるとか、そういうふうに感じたことはない。善子ちゃんより容貌のすぐれた人はいっぱいいるし、突然恋に落ちるって僕は一度も経験ないんだけど、みんなあるんだろうか。友だち(僕の友だちは六人しかいない)も妹も、みんな、ないって言ってたけども。
 善子ちゃんは胆力と決断力に富むっていうか、仁をもって義をなすっていうか、なんかこう、武士みたいな人なのである。年齢がいっこしか違わないのが信じられない。少なくとも僕の十倍生きてないとおかしい。いや僕が十倍生きてもああはならないな、うん。
 善子ちゃんが上司になって一年も経つと、僕の肩の上あたりに、「この人が職場じゃなくって僕の人生にいてくれたらどんなにいいだろう」みたいな夢が、ふわふわ浮いてくるようになった。それでもってしょっちゅう残業中の上司から2メートルあたりの空間をうろうろしていたら、上司はある日ものすごい不機嫌な顔で、「もしかして、わたしのこと好きなの」と訊いた。僕はハイと答えた。上司は失笑して、いいへんじ、とつぶやいた。もう不機嫌そうではなかった。
 上司だったときはもちろん苗字に「さん」づけで呼んでいて、おつきあいしてもしばらくは「善子さん」が精一杯だった。やめてよ、と善子ちゃんは言った。ただでさえ何でもわたしの思いどおりにしてるんだから、パワハラ感でちゃうよ。「ちゃん」づけとかがいい。わかった?
 わかった。ので、そうした。
 一事が万事この調子なのだ。

 僕だっていわゆる引っぱっていく系男子をやったことがないのではない。大学生のときにできた彼女には頑張ってそういうふうに振る舞っていた。というか、それが男女のおつきあいだと思っていた。結果、疲れきって別れた。向いてないんだ。
 当時は恋愛に向いてないんだと思ったけど、もしも善子ちゃんが僕の恋人になってくれたのなら、向いてないのは恋愛じゃなくて「引っぱっていく」だったんだろうと思う。
 でも善子ちゃんは自分が僕の恋人だと思ったことはないのかもしれなかった。だってそういう約束したことないから。結婚するときだって、「子どもできたからわたしは産むけど、あなたはどうする? 父親になる?」って訊かれて、超動揺してうなずくことしかできなかったんだからさあ。そんで走って区役所に行って婚姻届もらって汗だくで戻ってきたら「あー、うん」「いいけど、これダウンロードできるよ」って言われた。
 善子ちゃんは僕のことを好きなんだろうか。
 僕がそのように語ると、お、おおう、と友人が言った。僕の六分の一の友人にして、紹介したらあっというまに善子ちゃんの(おそらく百分の一くらいの)友だちにもなった、高校の同級生である。子ども同士の年が近いので時々どちらかの家で一緒くたにしている。
 彼はじっとりと僕を眺めまわして、おもむろに言った。子ども二人も拵えといて、今更なに言ってんだ、おまえ。
 それは、うん、まあ、こさえたけど、それとこれとは別の話じゃん。そう言うと友人は「じゃあ本人に訊け」と言う。それができる人間なら相談なんかするわけないだろ、ばか。

 それからいくらかしてから、子どもが家にいない日が発生した。
 僕らの子どもは元気のありあまった四歳と六歳、そりゃあ手のかかるやつらだ。その子らが奇跡的に、保育園と習いごとの行事で同時に家をあけた。
 僕はやけに広く静かに感じられる自宅をうろうろして、無意識のうちに台所に立った。幼児のいる家の大人はとりあえず何か片づけようとして、片づいていたら食い物を作ろうとするものである。
 すると善子ちゃんが間髪入れず、何やってるの、と言った。子どもがやらかした時の声だった。そんな言われかた、部下だったときにだってされたことなかった。
 善子ちゃんは、待ってな、と言って出ていき、十五分後にほっともっとの袋をふたつ下げて帰ってきた。そうして言うのだった。あなたね、せっかく子どもがいないんだから、料理なんかするんじゃないの。そういう時はこれでしょ、これ。わたしはビールを飲むからね。ウイスキーも飲むからね。
 僕は死ぬほど笑って、彼女が缶ビールをあける一瞬のあいだに、ハイボールをふたつ作った。善子ちゃんのはダブル、僕のはシングル。善子ちゃんは、酒まで僕より強い。そういえば、しばらく一緒にゆっくり飲んでなかったな。
 そうして思った。善子ちゃんは、もしかして、僕のことを好きなのかもしれない。