傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

暫定彼氏の不適切な逆襲

 うん、ちょっと聞いてほしくてさあ。トラブルの始末はしたから、聞いてくれるだけでいいの。
 ここ一年ばかりのわたしの彼氏ね、あの人と別れたんだけど、うん別れたこと自体はたいした話じゃなくて、その理由を聞いてほしいのね。えっと、盗撮なの。わたしの写真とか、動画とか、身分証明書とかを、こっそり撮ってたの。うん、警察行った。そのトラブルそのものの話は、まあいいんだ、今日は。

 あなたに聞いてほしいのは、元彼がそんなことをした理由。
 ねえ、毎回毎回彼氏のこと大好きになってつきあってる?
 そんなわけないよねえ。そういう人もいるんだろうけど、わたしはそうじゃない。三十五年生きてきて好きで好きでしかたなかった彼氏は二人だけ。十代でひとり、二十代でひとり。好きで好きでしかたない相手なんてめったにできない。で、そんな相手と続けばいいけど、わたしはその大好きだった二人とは数年ずつで別れた。その上で結婚願望なし、子どももほしくない。
 そしたら、まあヒマよ。
 仕事して家事して趣味して、友達と会って、その上で、ときどきデートとかセックスとかする相手はほしいと思う。わたしはね。相手のことイヤじゃなくて、他につきあいたい相手もいなくて、いろんな男をとっかえひっかえしたいわけでもないから、「じゃあこの人を彼氏にしよう」と思う。そして彼氏を作る。直近の元彼みたいな彼氏を。で、飽きたら別れる。
 それが悪いとも思ってなかった。今でも悪いと言い切ることはできない。そういう人はいっぱいいるだろうという意味でも、わたし自身の倫理観という意味でも。
 でもねえ、それするならもっとちゃんと考えたほうがよかったなって、そういう話なの。
 もちろん盗撮したやつが悪い。元彼が悪い。ぜったいに悪い。そんなやつめったにいない。ぜんぜん裁かれてほしい。
 それはそれとして、彼をそうさせたメカニズムについて、わたしはまったく考えていなかったし、考えようとしたこともなかったんだなって、そう思ったの。

 元彼はわたしのことめちゃくちゃ好きだったわけじゃない。わたしそういうの敏感なんだ。「自分が大好きというわけではない、おそらく暫定の彼氏」を作るとき、自分に身も世もなく恋してる相手は真っ先に外さなきゃいけない。だって危ないじゃん。わたしだって、もし、自分が大好きな人から「別に大好きではないがイヤでもないし、ヒマだし、しばらくこいつを彼女にしておこう」みたいな扱いを受けたらものすごい落ち込むし、相手を憎むことさえあるんじゃないかと思うよ。好きで好きでしかたないから切れるのも辛くて、相手を憎むだろうって。
 それくらいの想像力はある。いや、ありますよ、さすがに。
 元彼はそういうのじゃなかった。わたしと似た感覚で暫定彼女を作ってた。そこがよかった。公平だから居心地がいいもの。
 ただ、その居心地のいい感覚が、この半年くらい、なかった。表現が難しいんだけど、人間が二人密室にいて安心感があるのとないのはずいぶん違うじゃない、相手のことばや身振りが変わらなくても。
 それで気をつけてたら盗撮されていた、というわけ。

 元彼は、腹を立てていたんだと思う。
 たいして好きじゃない暫定彼女にも、一方的に恋してほしかったんだと思う。おれはたいして好きじゃないけどつきあってやってる、執着されててうざいんだけどね、うざすぎたら別れればいいんだから、っていう感覚を持ってた。たぶん。
 全面的に特別傲岸な人間というわけじゃないから、たぶん「暫定彼女」に対してだけそうなんだと思う。以前そういう女性とつきあって、味をしめたんだと思う。ドヤ顔でそんな話してたの、なんとなく覚えてる。わたしはそのとき「相手がストーカーになったりしたら危ないんじゃないかな」みたいなコメントをした。
 それもよくなかったと、今では思う。
 だって彼はそういう相手が必要なタイプの人間なんだよ。要するにどこか自信がなくて、女で穴埋めしたいパーソン。そういう人に「ちょっとそういうのわかんないです」っていう態度をとるのは、危ないじゃん。
 実際たぶんわたしのそういうところが「許せない」と思って、自分が「上」になる手段として盗撮に走ったんだと、わたしはそう思ってる。

 それでわたしは反省してるのよ。
 お互いさまならOKだと思っていたけど、もしかするとわたしも、彼氏いない自分に自信が持てないパーソンで、それでダメな素養のある相手を引き当てる確立が上がって、結果こういう目に遭ったんじゃないかって。
 だからね、うん、もうしばらく、そういう相手を作るのは、やめておくつもり。