傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

あの男の恋愛感情などまったくあてにしていない

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それがきっかけでわたしは、つきあいはじめて間もない男と同棲し、今でも一緒に暮らしている。

 わたしには妊娠する能力がない。成人する前にそれがあきらかになったたために、わたしの人生の戦略はわりと極端なものになった。
 子どもが欲しいとか欲しくないとか考える前の段階で「あなたにはできません」と宣言されたので、「それならそれで楽しくやろう」と思った。同い年の女たちが「きっと結婚してたぶん子どもを産んでやっぱり仕事も続けて」などと具体性と取捨選択に欠く夢想を将来設計と呼んでいた大学生のころから、わたしは「いわゆる家庭に人生の主軸を置かない」と決めていた。
 最初から子のない人生を送ると決めている(わたしの場合はわかっている)大人は、同居したとしても家庭に力を入れることにはなるまい。わたしは他人の分まで家事をしようなどという気はないので尚のことである。
 カネについてもしっかりと稼ぐことに決めた。わたしの親はわたしに子のできないことをいつまでたっても嘆き悲しみ哀れんでおり、その状態が改善するまではあまり関わり合いになりたくない。トラブルがあっても自分のカネで解決したい。だから稼ぐ。そう決めた。
 恋愛については「将来などという無粋なものからあらかじめ解放されているがゆえの劇的なやつを楽しもう」と思った。エモエモのエモなのをやりましょうと思った。生活といううすのろに追いつかれることのない、美しく純粋な恋をしましょう、と。

 その結果が二十代の派手な恋愛遍歴である。わたしは妊孕能力以外はとても元気なので、仕事をがんがんやりながらゴリゴリ恋愛した。ざっくりまとめると、つきあって浮気して浮気されて別れて略奪して二股かけられて別れて遠距離やって破綻して病んだ男がストーカー化、というところである。昼仕事して夜恋愛してるみたいな感じだった。相手もえらい元気だな、いま考えると。
 恋愛感情は天気予報のきかない嵐みたいに訪れてわたしの感情と感覚をかき回し、そして理不尽に去るもので、わたしはそれが好きなのだった。

 そのようなわたしであるが、いま現在同棲している家の中には恋愛感情が見当たらない。わたしの感情もあの男の感情もぜんぜん嵐じゃないのである。あの男の好意は実に薄ぼんやりしている。裏庭の盆栽を愛でるじいさんだってもうちょっと情熱的だと思う。なんという情熱の欠如。なんという陶酔の不在。圧倒的に低エネルギー。本人はこれまでの人生でもその程度の好意で彼女を作っていたようなので、わたしの中であの男は「恋を知らないあわれな男」である。
 一年前のわたしは、ストーカー化した当時の彼氏からの避難所が必要で、折悪しく引っ越ししたてで新しい部屋を借りる財力がなく、できれば誰かの家に引っ越したいと思っていた。そしたら感じのいい男がやってきてわたしを好きだというので「わたしも好き」と言って、疫病禍を言い訳に一緒に住みはじめた。好きではあるから嘘はついていない。
 そうしてあっという間に季節が一巡した。

 一年も恋愛していないなんてわたしにとっては異常事態である。それで一刻も早く新しい恋愛をしたいかといえば、実はそうでもない。わたしも年をとったのかもわからない。誰かを見て、「この人が欲しい」「この人に自分を欲しがってほしい」と思うことがなくなった。疫病下で出会いが少ないという要因はあるだろうけれども、でもわたし、全盛期には文字通り道端ですれ違った人を「わたしが恋をする相手だ」と直感して声かけてそのあと実際つきあったことあるからね。
 そんなわたしが、事実上の引退状態である。この家のせいだと思う。たいへん居心地がよくて、わたしはぼんやりしてしまう。それで嵐をとらえられないのだと思う。今まで家というものについて考えたことはなかったけれど(たぶん抑圧していたんだろうけど)、いいものですね、いやなところのない人とくっついて暮らす家って。何をするにも楽ちんで安上がりで、毎日熟睡しちゃうし、慢性的だった肩こりがどこかへ行ってしまった。
 一方でこのまま恋愛しないことに対する焦りもある。足湯みたいな好意のやりとりとマッサージみたいなセックスと事件のない毎日におさまるのかと思うと、「いや、それは」と思う。だって、感情と感覚がめちゃくちゃになって相手がいなくなったら死んじゃうような気がして何かというと夜道を走るようなやつを、つまり恋愛を、わたしは、人生の重要な事項に据えて執り行うと、二十歳のときにそう決めて、そのとおりにしてきたのだもの。