傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

王子さまたちの国

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。その状況が長引くにつれて増えたのがペットの飼育である。わたしもご多分に漏れず以前から計画していた犬の飼育を前倒しし、フルリモート中に子犬を育てた。
 疫病の流行からはや一年半、わたしの犬はすでに成犬し、けっこうな時間の留守番ができる。おかげで短めの出社とリモート日を組み合わせて幸福なドッグライフを送ることができている(たまに壁紙を剥がされながら)。朝晩みっちり散歩してさえいればおおむね機嫌のいい、扱いやすい犬である。

 夜の十時過ぎに近所の公園に行くと、犬がうようよいる。勤め人たちが連れてくるのである。わたしの犬は成犬してもまだ犬同士の取っ組み合いや追いかけっこをやるのだが、相手をしてくれるのは八割がた子犬である。小学生に混ぜてもらう中学生みたいな感じだ。かしこそうとは言いがたい。楽しそうではある。
 そんなわけで飼い主であるわたしも必然的に子犬の飼い主と多く話すようになる。疫病下での犬飼育はまだまだ増えているようだ。
 そのなかの一頭にジュノがいる。ジュノはとても小さな、おそらくチワワと何かのミックスのオスで、若い男性ふたりに連れられて夜の公園にやってくる。
 ジュノは月齢のわりに落ち着いていて、とても気位が高い。取っ組み合いはしないし、わたしの犬がボールをくわえて行って挑発してもめったに乗ってこない。わたしがジュノの前にボールをそっと差し出すと「では遊びましょうか」という感じで転がしたりする。
 その場にいる飼い主の誰かがおやつの袋をあけると、犬たちはすばやく寄っていく。気が強くて食い意地が張った者(わたしの犬とか)はぐいぐいとセンターを確保し、めちゃくちゃ背筋の伸びたおすわりでアピールする。でもジュノはそんなことはしない。スンと座っている。そしておやつを持った人がよその犬をかきわけてジュノの口元まで持って行くと「では頂戴します」という感じで食べる。
 ジュノはよその飼い主が差し出すものは何でもおいしそうに食べるのに、家ではフードもおやつもあまり進まないという。それでわたしはジュノのフードを少々預かっておやつ代わりにあげている。ジュノはおいしそうにそれを食べ、わたしの靴のあいだにからだを滑り込ませて「撫でてくれてもかまわないのですよ」というような顔をする。
 他の犬を怖がる子犬も多いのに、ジュノは大型犬が鼻を寄せても逃げない。わたしの犬が周囲をびゅんびゅん飛び跳ねても怖がらない。いつだって小さなからだで堂々としている。王子さまみたいな子犬である。

 ジュノに「おすわり」と言うと、ちょっと困った顔をした。飼い主である男性二人が「sit down」ときれいな発音で言うと、さっと座る。失礼、コマンドは英語でしたか。わたしがそう言うと彼らは顔を見合わせて笑い、そうなんです、と言った。家庭内インターナショナルスクールなんです。
 なるほど、この二人と一匹は家庭をやっているのだ。

 ふたりのうち一人は会社員、ひとりはフリーランスの在宅仕事なのだそうだ。同僚にも彼の話をします、と会社員のほうが言う。Zoom会議で生活音が入るので僕も彼の話はときどきします、とフリーランスのほうが言う。そうなんですね、とわたしは言う。彼らは彼らの犬にどこか似ている。彼らの家庭。インターナショナルスクールのある、王子さまたちの国。

 ところで、夜の公園では飼い主同士の家族関係がしばしば話題にのぼる。カップルや親子で散歩している人もいるし、ときどき交代するケースもあるからだ。わたしも以前は「こないだご主人と来てたんだって?」などと訊かれて、そういうときはあいまいにほほえんでいた。わたしはわたしの主義主張により法律婚をしない。でもそんなことまで話すような仲ではないから、あいまいにしていた。
 しかし最近は公園メンバーに「犬の飼い主と一緒に生活している人間は『ご家族』『パートナー』と呼んだほうがいい」という合意が形成されたらしく、わたしもその恩恵にあずかっている。快適なことである。だって、わたしが一緒に暮らしている人間は、わたしのご主人ではない。昔ふうの言動の年配の男性から「あんたのパートナーは」などと言われるとちょっとおもしろい。

 疫病下で犬を飼い始めたからわたしはすべての飼い主さんたちの顔を半分しか知らない。わたしたちはマスクをつける。わたしたちは犬を連れ出す。わたしたちはたがいの王国から来た使者のような犬を撫でる。