傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

あなたブスでモテないんでしょ

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしはあなたにずっと会っていない。
 オンラインで飲んでるって? あんなの会ってるとは、わたしは言わない。通話に近いと思ってる。あなたはオンライン飲みも「会ってる」にカウントするけどね。なんせアイドルのコンサートに行って「誰それに会った」って言うような人だからね。
 あなたはアイドルに会ってないですー。見ただけですー。観覧しただけですー。会うっていうのはお互いがお互いを個別に認識してコミュニケーションが成立した状態を指すんですー。アイドルはあなたなんかどうでもいいんですうー。

 あなたはオンラインで愚痴をこぼす。出会いがないという、いつもの愚痴だ。彼氏ほしいってあなたは言う。それなのにアプリでのアピールはど下手。あのさあ、自信がないない言いながら自信がないまま薄ぼんやりしたビジョンで彼氏作ろうとして何になるのよ。女を雑に扱いたい男がうようよ寄ってくるだけじゃん。バカなの? まああなたそういう話題になると自分で自分のことバカって言うもんね。
 あなたは酒に弱い。画面の向こうで勝手に酔う。そして言う。結婚なんかしなくていいよね。
 よね、ってなんだ、とわたしは思う。わたしはしなくていいけど、あなたはしたいんでしょうよ。アプリで婚活してるけどぴんとくる相手があらわれないから、「しなくていいよね」って言うんでしょ。そんでわたしが「今どき結婚なんてしなくても」って答えるのを期待してるんでしょ。そういうのほんと腹立つ。わたしは都合のいい返答が出てくる自動販売機かよ。

 「結婚なんかしなくていいよね」。そりゃそうだよ、したいときにしたい人がするもんだよ結婚って。「がんばって盛ってもしょせんブスだし」。何言ってんの、そういう卑屈な姿勢だけがあなたのブスなとこ。「年とってふたりとも独身だったら一緒に住もうね」。えー、どうしようかなー。

 わたしはあなたの自動販売機をやる。学生時代の彼氏と別れて以来彼氏できなくて、なんとなく結婚したいけどどうして結婚したいかまでは考えてなかったから会話がループして「アラサーあるあるだよね」と思考停止して「女子会」を締める、バカなあなたのために。あなたに頼られるために。
 あなたはバカだ。あなたは何もわかっていない。わたしはあなたにずっと会えていない。あなたに会うっていうのは、あなたが隣にいることで、わたしがあなたを見るだけじゃなくあなたがわたしを見ることで、あなたの皮膚がすぐそばにあることで、くそいまいましいインターネットなんか通してないあなたの声が、わたしの鼓膜を揺らすこと。
 わたしは、あなたに、会えていない。あなたは医療従事者で公務員ですごくまじめで職場のいいつけを守っているから。そしてわたしはあなたにとってそれを乗り越えるほど重要な人間ではないから。
 わたしは、あなたに、会えていない。オンラインの会話でだって、あなたはわたしの内心なんか伺っていない。あなたはただわたしをうらやむだけ。あなたはわたしをきれいと言う。あなたはわたしを「バリキャリ」と言う。細いって言う。わたしの着ているものをいちいち褒める。わたしのインスタのストーリーぜんぶ見てる。
 あなたが見ているのはわたしじゃない。あなたが見ているのはあなたの劣等感だ。昔からずっとそう。それでも目の前にいれば少しずつあなたはわたしそのものを見て、わたしの心を少しくらいは触ってくれた。でも今はそうじゃない。過労と心労とそこからの逃避としての婚活とその停滞があなたを心底弱らせているから。
 だから、わたしは、あなたに、会えていない。疫病の流行以降ずっと。
 わたしが何を言ってもあなたには届かない。お菓子みたいにかわいくて、信じられないほど努力家で、疫病禍の最前線で戦い続ける勇敢な職業人で、わたしがやらしい目で見てることにぜんぜん気づかない、あなたには。

 あなたはブスでもてないんでしょ。わたしがかわいいって言ってもあなたはそれをカウントしない。わたしのこの気持ちなんかぜったいに「モテ」にカウントしない。だから、あなたは、ずっとブスでもてない。じゃあそのままでいなさいよ。そしたらあなたはあなたの心を奪うような男と出会わない。そのためなら、わたしもこのままでいてあげる。きれいで細くておしゃれでかっこよくて物わかりがよくてあなたのことやらしい目で見ない安全な人間でいてあげる。