傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2010-07-01から1ヶ月間の記事一覧

瓶詰めにできないシステム

コンサート、よかったら一緒に予約しておくよ、と彼女が言うので、ありがたくお願いした。彼女は自分と夫と私、それにもう一人の友だちのチケットを押さえた。 終演後の会場から駅に向かって歩きながら、私は彼女にこっそり訊いてみる。ねえ、どうして私とか…

くらげカーテン

僕と彼女は週末になると一緒に夕食をとり、彼女は僕の部屋に泊まる。僕と彼女は翌日、にぎやかな街に出る。僕は彼女を駅まで送り、笑顔で別れる。それがしばらく続く。 彼はそう話し、歌みたいだねと私は言った。彼が首をかしげるので、あー、きみとずっと眠…

みっともない消費

収入が一昨年の二倍になった、と彼は言った。そりゃあ豪気だねえと私は言った。なんかこう、ぴかぴかしたすてきなものをばんばん買ったらいい。彼は苦笑して、いやだよそんなの、と言った。みっともない。 どうしてと私は訊く。お金がいっぱいあるんだよ、あ…

千まで数える

百数えたら出てもいいよ、と彼は言った。ふたりぶんの笑い声が浴室にこだました。彼女は笑いながら数を数え、じゅうぶんにあたたまってから浴槽の湯を抜いた。それから二年が経ち、彼らはその部屋を引き払って、ばらばらの住処に移った。 彼とはもう一緒に住…

彼の二週間

彼は愉快そうな声音になり、覚えてないんだ、と言った。私は以前、彼から自転車をもらった。遠くまで乗れる、丈夫な自転車だ。悪くない製品だよと彼は言った。でも僕は自転車がとても楽しくなって、もっと速く走れるやつを買ったんだ。だからこれはあげる。 …

感情とその器

今なにしてた、というメールが入ったので、返信を書いた。半身浴をしてから、がんがんに冷やしておいた部屋に出て、あまりにいい気持ちなので叫んだところ。ぽぅ! 数分後にメールが来た。ぽぅってなに。私は携帯電話を操作する。マイケル・ジャクソンがやっ…

子どもの日の思い出

これ撒いて、私のまわりに。彼女はそう言って私に小さい四角い紙包みを手渡した。私たちはターミナル駅の真上のビルディングに入った店で待ち合わせをして、軽くおしゃべりするつもりでいた。それなのに彼女は非日常的な飾りけのない黒い服を着てあらわれた…

間がもたないデートと精神的な内臓

私が電話に出るなり、あのさ、彼氏とどんな会話する、と彼は訊いた。彼氏によると私はこたえた。相手によって話題は変わる、友だちと何しゃべってんのって訊くのと同じで、具体的な内容を答えられる質問じゃないね。 めんどくせえ女だなあ、今までの誰かひと…

少女と狭量

私そんな簡単にかわいいなんて言えませんよ、こわくて。今春入社の後輩はそうつぶやいてフリーズドライの中華スープにお湯を注ぎ、持参のおにぎりと並べ、両手をあわせていただきまあすと言った。私も同じポーズで唱和した。今日のランチは原価約200円ですと…

便宜的な憎しみ

十代の終わりのころ、ファミリーレストランでウェイトレスをしていた。深夜になると外国から来た水商売の女性を幾人もはべらせた男の人が彼女たちにごはんを奢るために現れる。彼女たちはウェイトレスをつかまえて率直な英語で訊く。あなたいくつ?中学生?…

退屈が大好き

質問に来ていた後輩をお昼に誘うと、コーヒーが飲めるところがいいですと言う。徒歩十分以内にまともなコーヒーが飲めるところはありません、冷凍庫に入れてある私のコーヒー豆で淹れるのがいちばんましです。私はそうこたえる。ただの真実なのに、彼女はで…

マジョリティの夢

夫とふたりで暮らしはじめて三年になる。夫の名は直樹という。育った家は千葉県君津市にあり、以前は酒屋だった。今はコンビニエンスストアを営んでいる。二階が住居で、両親と兄夫婦と、そのふたりの子が住んでいる。 夫の口癖は「まあいいか」で、私は夫の…

私のうつくしい老後

友だちとバーゲンに行って、いいだけ買い物をした。私たちはそんな日の夜、油っこいものを食べながらビールをぐいぐい飲む。欲望のすべてを肯定する日、と友だちは言う。節約?ノー。ダイエット?ノー! 私たちはそれぞれが買ったサンダルの革細工やワンピー…

手はそんなに滑らない

ちかごろおもしろい仕事した、と訊いてみた。彼女は十メートルばかり歩いてから、先月プルトニウム撮ったよと言った。原子力発電所のプルトニウムって水に沈んでるのね、それを上から撮るっていう仕事。あのつまりそれって爆発したらみんな死ぬよね、と私は…

たったひとつの、冴えないやりかた

どうやって治したんですかと彼女は訊いた。白い顔に宿命的な隈をはりつけ、どこかちぐはぐな印象の服装をした大学生だった。 十年前に卒業した研究室をたずね、恩師への相談ごとを終えてお茶を飲んでいると、もうちょっとここにいてと恩師が言う。会わせたい…

神さまを借りる

じゃんけんで決める、と教官が言った。はあいと私たちはこたえた。私はそのとき大学生で、ゼミのキックオフミーティングに参加していて、発表の順番や雑用の担当を決めていた。 そのあとの飲み会で、でもどうしてですか、と誰かがたずねた。なんでじゃんけん…