わたしの話、書いてもいいけど、それならマキノさんが「買った」話も書いてよ。
ホスト通いをしている若い友人が言う。あるでしょ、コミュニケーションっぽいものを買ったこと。一回いくらで、総額いくら突っ込んだ? 貢ぎ系は総額だけの回答も可。
貢ぐように見える? と私は尋ねる。見えない、と彼女は言って、ころころ笑う。だってマキノさん、お金取れなさそうな男とばっか、つきあうじゃん。前の前の彼氏はゴリラみたいだったし、その次の人はトカゲみたいだったじゃん。今の人は、まあヒトっぽくはあるけど、マンガの背景のモブみたいだし。
私は大口あけて笑う。実際そうなのだ。さすが顔にうるさい女、形容が的確である。私は今の人も過去につきあった人も全員すてきなお顔だと信じているのだが、彼女にそう言ったところ、「博愛だね」と返ってきた。しっけいな。ちゃんと好き嫌いはある。どういう好みかは自分でもわかりませんが。
私は右手の人差し指と左手の指ぜんぶを立てる。彼女の好む店はうるさいのだ。だから口をひらく前に少しからだを寄せる。
私が買ったコミュニケーションは、あなたのよりは安い。一回一万五千円。
まあまあする、と彼女はこたえる。わたしが言うのもなんだけど、安くはない。占い師、ではないか。科学的じゃない、とか言いそう。何とかカウンセラーとか、そのあたり?
私は感心して言う。正解。臨床心理士のカウンセリングサービスだよ。病院と連携していたけど、保険がきかないから、けっこうかかるんだ。でも、私には合っていたから、ぜんぜん出す。今はいらないけど、必要になったらまた利用するつもり。すごいね、よくわかったね。
最後のひとことで、彼女の顔が子どもみたいになる。褒められるのが好きなのだ。
その子どもの顔を二秒で引っ込めて、顎をさげて、下からささやく。だって、マキノさん、恋愛っぽいものは、絶対買いたくない人でしょ。男のような何かを買うことも女のような何かを買うことも、どっかでバカにしてるでしょ。なんで? 男になめられたくないから?
私はもう一度、今度は小さく笑う。
おっしゃるとおり、男になめられるのは大嫌いである。男に下手に出て何かを「してもらう」女になるくらいなら死んだほうがましだと思っている。もともとは私の育ちによって発生した傾向だが、成人してからは意思をもって人生の方針にしている。
極端だという自覚はある。恋愛っぽい要素を含むサービスは、多くの人がたしなんでいる趣味の一つだ。たいていは軽い娯楽として、そこらへんで売っている。売っているものを買って何が悪いのかと問われれば、「悪くないです」と言う。言うが、どこかでそれを、彼女のことばを借りれば「バカにしている」。人間の精神を支えるものは恋愛でなくていいはずだと思っている。恋愛もパートナーシップも自立した人間同士の選択的で対等な関係であるべきだと盲信している。
そんなだから、接客業従事者の接遇や各種コンテンツを消費するときにさえ恋愛めいた型を使用する人々に対して、きっと嫌みな目つきをして、「ふーん」と思っている。
そうですよ、と私は言う。バカにしているよ。あなたが訊くから嘘をつかなかったので、よそで言いふらさないようにね。
彼女はまたころころ笑う。言いふらす意味、なさすぎ、と言う。そうして尋ねる。カウンセリングって、何を買うの? 一回一万五千円で。
友だちを買うんだよと、私はこたえる。
私の場合、カウンセリングに行く目的は、最終的には自分に対する肯定なんだ。自分の選択、自分の行為、自分の思考に対する、肯定、うん、ChatGPT彼氏の子と同じ、アイドルファンの子と同じ、あなたとも同じ。自分のしてきたこととその結果を肯定するために、ことばや振る舞いを買っている。私は、カウンセラーを、専門知識があって精神的な問題が悪化しにくい方向で相手をしてくれる、安全な友だちだと思ってる。私は科学研究を信仰しているから、当時は臨床心理士、今なら公認心理師だね、そういう人を選んで、一時間いくらで買う。
何それ、と彼女は言う。要は、女の子にしゃべって、「そうなんだ」「だよね」「わかる」って言ってもらうやつを、病院みたいなとこでやるんでしょ? 大枚はたいて。なんで? 友だちがいないの? わたしが聞いてあげようか?
そうだね、と私は言う。友だちが足りないんだ。だから買う。あと、友だちならカネで買ってもいいと思っている。
彼女は背を逸らす。私の姿勢はそのままだから、彼女の声は遠ざかる。ノイズに負けない大きな声で、彼女は笑う。変なの。友だちはタダのはずじゃん。