彼女は駐車場で枕を見つけた。車がタイヤを接して停めるための部分だ。車の下にからだを潜らせて首だけを出す。布団の中のようにあたたかくはないけれども、何もないよりはるかによかった。彼女はなにかにくるまったり狭いところに入りこむのがことのほか好きだった。いちばん好きな遊びはくるりと丸まって段ボール箱に入り、内側から蓋を閉じて目も閉じるというものだった。
そこは彼女の知らない場所だった。いちばん遠い友だちの家からさらにいくつか角を曲がり、とても長い距離を歩いた。七歳の彼女にとって、そこはお話の中のように遠い場所だった。来た道のことは覚えていなかった。彼女はなにしろぼんやりした子どもで、たいていのことは忘れてしまうのだった。
ここで眠ろうと彼女は思う。でもまだねむたくはなかった。夜更かししたっていいんだと彼女は思う。だって私は家出したんだから、好きなだけ眠っていいんだ。そう思うとなんだかくらくらした。ひとつ向こうの角から人の声のまじったざわめきが聞こえて、彼女は見つけた枕の場所を覚えるために注意深く周囲の景色を見渡してからそこへ行った。
なんだお祭りか、と彼女は思った。もっと不吉できらきらしたものがあるような気が、漠然としていた。昨日読んだ本のせいかもしれなかった。家を出た子どもがどうしようもなく不幸な目に遭う話だ。でもその縁日は彼女の町内とさして変わらないものだった。歩きながら彼女は思う。こんなところにいたら警察に見つかってしまうかもしれない。家出は悪いことだから警察につかまる。
ぼんやりしていると、お嬢ちゃんこれ、どう、と声がかかった。平たい水槽にヨーヨーをたくさん浮かべている屋台の女の人だった。浅黒く日に焼けて金色のピアスをいくつもつけ、唇が白っぽかった。彼女は返事をしたら警察を呼ばれるんじゃないかとためらい、それからこういう人は警察が嫌いなはずだと思いなおした。友だちの家のおじさんが「テキ屋」で、彼はなにしろ警察だの役所だのが嫌いなのだった。
彼女がお金を遣いたくないと言うと、屋台の人はおもしろがって理由を訊いた。いざとなったらごはん買うためのお金だからと彼女はこたえた。屋台の人はけらけら笑い、いざじゃないときはどうやってごはん食べるんだよ、と訊いた。彼女は学校の給食の余ったのをもらうとこたえた。パンとかなら袋に入れて持っていられるし、いっぱい余るから。
屋台の人は笑うのをやめて彼女にいくつかの質問をした。彼女はそのどれもうまく理解できず、わかりませんとこたえた。申し訳ない気持ちだった。難しいことばが入っていたんじゃないのに、意味がよくわからなかった。屋台の人は今度は「はい」と「いいえ」で答えられる質問をいくつかし、彼女はいくつかに「はい」、いくつかに「わかりません」とこたえた。悪く美しいものの卵のようなヨーヨーが知らない子どもに釣りあげられて水滴をまきながら遠くへ消えていった。
屋台の人は、あんたはどうしたってつかまるよと彼女に教えた。彼女がうつむくと、屋台の人はごく真剣に言った。あんたは子どもだ、自分に何が起きているかもわかっていない、えらい人が聞けばわかるかもしれないけどえらい人にちゃんと聞いてもらえるまでたぶん時間がかかる、だからたぶん戻るしかない、でもほんとうにどうしようもなくきつかったら私が連れて行ってあげる、ヨーヨーを持って軽トラであちこち回ってるからね、あんた一人くらい乗れる、私は、いろんなところに行く、誰にもつかまらない。
でも結局家に戻ったんでしょうと私は訊く。大人になった彼女はもちろんとこたえる。彼女はよく働いてキッチンのついた大きい車を買った。それで食べ物を売って歩くのが夢だったと彼女は言う。どうしてと訊いたら、七つのときの話をした。
ヨーヨーの人を探すのと私は訊く。彼女は軽やかに笑って、七つの家出娘を探すのとこたえる。見つけたらこう言う、私が連れて行ってあげる、いろんなところに行く、誰にもつかまらない。