傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

調達、贈与、消費

 話せるかと尋ねるメッセージが届く。OKと返信する。通話の着信がある。話を聞く。肯定の語を口にする。話を聞く。気持ちについての語彙をパラフレーズする。話を聞く。心配だよと言う。話を聞く。体感温度と部屋の温度を尋ねる。話を聞く。今日食べたものを尋ねる。話を聞く。
 きっちり一時間で彼女は声の色を変える。ほとんど陽気といっていいような、どこか突き抜けた声音で娘の病状を話していた声がすとんと落ち着いて、私が昔から知っている友人の声になる。聞いてくれてありがとう。頼っちゃってごめんね。私はこたえる。なんにもできないけど、聞くだけならいくらでも。それから、いくらでも聞く機会はたぶんない、と思う。彼女はいつも腕時計をつけている。アナログの、大きい文字盤の、学校の壁掛け時計を小さく格好良くしたみたいな時計だ。たぶん今もそれを見ている。この一年、月に一度ばかりの夜の通話がはじまってから、一時間より長く話したことがない。
 私はその事実をそっと口にする。話す時間、はかってるの、いつも一時間くらいだよね。彼女はちいさく笑う。習慣になってるんだと思う、お金払うときはほら、一時間で予約したりするから、カウンセラーとか占い師とか、うん、占いっていうより話きいてよくわかんない理屈で肯定してくれる業者さんがいてね、たまにお世話になってるの。
 彼女の娘は一年近く前に入院した。ちいさいこ、と彼女は話した。娘はまだ小さい子なの、それなのにとても痛い思いをして、なかなか治らない。だからね、私に、どうして病気の身体に生んだんだって怒ることがある。私もそのことは申し訳ないって思う、ずっとそばにいられるわけでもないし、入院するまでは会社勤めしてたし、ごはんもお総菜買ったりしてて、私、そんなにいいお母さんじゃなかった、でもあの子はとってもいい子だった、必要以上にいい子で、かわいくてかわいくて、だからねえ。
 だから彼女は娘が入院し、苦痛のあまり「いい子」でなくなったときにも、あらゆるせりふと態度をその場で正面から受け取って飲みこんだ。経済的なリスクを承知で融通の利くフリーランスになった。娘の感情は嵐のようだった。罵倒と涙と無視としがみつきが激しく入れ替わった。嵐の中に小さい娘がいて膝を抱えてじっと耐えているように見えた。生きているからいいんだと思った。この子は生きているからとりあえずそれでOKだ、それがいちばんだいじだ。そう思ってひとりで病院に通った。夫は仕事が忙しいということだった。
 彼女は言う。自分で選んで当たり前と思ってしていることなのに、ときどきわかってもらいたくなって、褒めてほしくなるの。どうしてだろうね。ぜいたくだけど、しょうがない、って思って、それで、お金を払って理解とねぎらいを買ったり、友だちに頼んで貰ったりするの。今日みたいに。
 正しい、と私はこたえる。ぜいたくじゃない、当たり前のことだよ、人選もいい、私はなにしろ人の話を聞くのが好きなんだ、今日の話をブログに書いてもいいかしら。どうぞどうぞと彼女は言って、笑う。私は自分の考えを三秒検討し、やっぱり口に出すことにする。
 あのさ、娘さんに、少し話してもいいんじゃないかな、お母さんもしんどいってこと。長期戦ならなおのこと、ただただ受容するなんて無理じゃないかと思うよ。人の感情ってすごいエネルギーあるからさ、飲みこみっぱなしって、おなか壊しちゃうよ、相互にある程度の理解とねぎらいがないと保たないよ。あと、本来は娘さんとお母さんの二者関係じゃなくて、お父さんを入れた三者関係でしょうに。
 だめ。彼女の声はとても冷たい。あの子は痛い思いをして学校にも行けなくって、いつ治るかも見えなくって、これ以上、なにも奪われるべきじゃない。これ以上なんの要求もされるべきじゃない。私が自分への理解やねぎらいを欲するなら、というか、欲してしまうんだけど、そんなのは、余所で調達するべきよ。大丈夫、私は利口だしバランス感覚もある、周囲の人にも恵まれてる、お金でどうにかする部分もそうじゃない部分もある、だからだいじょうぶ。
 私は少し黙る。彼女はまちがっているという考えをてのひらに置いて眺め、それを仕舞う。私は好意を持っている相手でも、無理なものは無理だと言ってしまう。彼女からの電話だって、自分の調子が悪かったらそう言ってあとにしてもらう。そうやって自分を守っている。けれどもそれは私が、愛や責任や義務を知らない人間だからできることなのかもしれなかった。健康に持続できる程度の贈与なんか誰も救わないのかもしれなかった。おやすみと彼女は言った。今日もありがとう。

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