傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

解剖されるシンデレラの夢

 友人の壮行会のような集まりに参加した。配偶者の海外赴任にあわせて職場を辞め、子を連れてついてくのだそうである。なにしろ人づきあいの多いカップルなので、集まれる人は集まってくれたほうがラク、とのことだった。
 そんな場なので、出席者の半分は顔見知りである。ひとりが寄ってきて、言う。あの、僕、こないだ彼女できて、今日きてるんで、紹介したいです。はい、とわたしはこたえる。
 彼はわたしよりだいぶ若年だが、それにしたって顔をあわせるたびにわたしに本をすすめてほしがり、次に会えばその「課題図書」について議論したがるので、変な青年だと思っている。先生っぽい年長者を複数確保しておきたいのだと言っていた。勉強が好きなのかもわからない。変わっているが、感じの良い人物ではある。

 彼の彼女もまた、感じの良い人物だった。結構な組みあわせだ、とわたしは思った。彼らは長く一緒にいるだろうと思った。つきあいたての浮ついた気配を残しながら、からめた十本の指の中に永遠があるような仕草で手をつないでいる。
 壮行会の主役がこちらに手を振る。彼は手を振り返す。それから言う。
 あの人は、すごくいい父親だし、リモートでできる副業もあるし、海外赴任についていっても、大丈夫ですよ。いいなあ。
 彼はそのように言う。
 きみだってどこででも働けそうだし、何でも食べられそうだし、たいていのことは大丈夫に見えるよ。わたしがそのように返すと、彼は少しうつむいて笑い、言う。いえ、まだまだ修行が足りないです。いざというときノータイムで彼女についていけるようになりたい。
 彼の彼女はそれを聞いてはじけるように笑う。ついてくるのが前提なの? ついてこいっていうのはないの?
 彼は彼女に目を向け、恋人の顔してほほえむ。それからわたしに向き直る。僕が思うに、この界隈の男はだいたいそうなんです。自分ひとりでどこにでも行けるけど、その上で「彼女が起こした何かに巻き込まれたい」という欲求があるんです。そうじゃなかったら人生に退屈してしまうんです。だからやたらと突破力がある女の人とくっつく。
 彼はそのように言い、離れたところで別の人とおしゃべりしているわたしのパートナーに目をやる。なるほど。
 つまり、とわたしは言う。あなたがたは、人任せにしたいわけではない。でもときどき思いもよらない何かが起きてほしい。それなら、あなたがたが、その何かを起こす相手を選ぶのは、うん、理屈に合っている。わたしの好きな作家が「人はそのとき自分が必要な人を好きになる」って言ってた。あなたがたは、「この人は自分の人生に必要なダイナマイトを持っている」と直感するのかもね。だとすれば、その相手と人生のユニットを作るのは、ひとつの解だわね。くっつく方法が恋愛である必要はないとわたしは思うけど、きみには、恋愛のほうが、手っ取り早いのかな、異性愛で、異性に人気がありそうだから。
 いえ、おれはただそういう欲求が恋愛的な回路と深く結びついているだけです。そんな、モテてはいないです。彼はそのようにこたえる。そうかい、とわたしは言う。彼の彼女はなぜだかずっと可笑しそうに笑っている。

 わたしはシンデレラドリームという言葉が嫌いである。だってそれって、王子さま(王さまの息子、すなわち生まれついての権力者の男)が美しい女に一目惚れして女の人生を変える、その「美しい女」でありたいというドリームでしょう。そんなの嫌いに決まってるじゃん。十歳のときから嫌い。忌憚のない私見を述べますと、キモい。「王子さま」などという理不尽な権力勾配を所与の前提とするなんてわたしの人生観ではありえないし、そこにあぐらをかいて平気でいる「王子さま」の何が魅力的なのかわからない。さらにそいつは男で「見初められる」のが女なんだから、うんざりオブうんざりだよ。わたしは権力者の付属物になるのではなく闘争して権力を勝ち取りたいのだし、人間の美は生まれつき財力やら何やらを持った輩のためのものじゃなくて、その人自身のものだ。
 そう思う。
 しかしこのシンデレラドリームを解剖したときにひとつの臓器として出てくるであろう「出会いによって人生を変えられたい」という欲望については、キモいと思わない。わたしの中にもあるが、自分で「おおいやだ」と思うことはない。わたしは「くさくさするなあ」と思ったら外国に行ったり、職場を変えたり、知らない人と話したりする。それはその臓器によるはたらきで、わたしに必要な栄養素を与えているように思う。