傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

罪に至る甘え

ばれた、と彼は言った。なにが、と私は訊いた。実は半年ばかり浮気しててさあ、と彼は言った。私は適当に相槌をうち、エスプレッソのエキストラショットを入れたカフェラテをのみながら彼の話を聞いた。
彼には一年ばかりつきあっている恋人がおり、その人とは別に仲良くなった同僚がいて、しばらくは外で会っていたんだけれど、どうしても家がいいというので呼んだ。そうして彼女の部屋着を貸した。だって風邪ひいちゃいけないと思って、と彼は言った。
それを洗濯する前に恋人がやってきて、「これ、だれかに着せたでしょう」と指摘した。そういう話だった。そんなのよくわかるよね、と彼は言った。
わかるに決まってるじゃないか。お茶を飲んだだけで人の気配は残る。服なんか着せたらもうてきめん、足跡が残っているようなものだ。そんなことも予測しないなんて実に愚かだと私は思った。そしてそう言った。
彼はとても嫌そうな顔になり、もともと角度がついていた背筋をさらにぐっと曲げて、私のよりひとつサイズの大きいカフェラテをのんだ。ねえそれ品がないからやめてくれない、と私は言った。その猫背すごくいや、そのときの上目づかいもいや、だいたいそのシャツの色はなに、美意識のかけらも感じられない、一緒にいるの恥ずかしいから今すぐ帰っていいですか。
彼は私を眺めまわし、なんでそんなに怒る、と言った。べつに僕の彼女でもないのに。
彼はなにもわかっていない。問題は浮気ではない。私はまるっきりの他人だ。そんな個別的な愛の問題に口をはさむつもりはない。私は彼の鈍さに怒っているのだ。平気で鈍くいられる、親しい人たちへの配慮のなさに。そうしていても自分の周囲から人々がいなくなることはないと思いこんでいる彼のうぬぼれに。
どうしたらいいと思う、と彼は訊いた。彼女とは別れたくないんだ、なんて言えばいいと思う。
その無造作ふうにととのえた髪型すごくうざい、なにより前髪が長すぎる、と私は言った。彼ははいはい、と言った。
もともと鈍いのではなくて、注意をそちらに向けていないからわからない。そういう種類の鈍さは罪だ。こまやかな配慮を提供する意図はありませんと、相手に宣言しているようなものだからだ。長くつきあっていればもちろんその種の甘えは発生する。でも彼はあまりにそれを粗雑に扱いすぎている。
そう話すと彼は、でも彼女だってけっこう鈍いよ最近、と言った。やれやれと私は思った。お互いさまだから自分が鈍くなってもいいと思ってるのか、こいつは。そんなわけないじゃないか。