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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

価値を感じることができない

そのとき私は十七歳で、スーパーマーケットのレジ打ちをしていた。その店には万引きを示す暗号があって、「まるいち」というのだった。それを伝言ゲーム式に伝えるのだ。私がアルバイトをしているあいだにその暗号を聞いたのは一度きりだった。私はなんだかどきどきしながら、それを同じレジにいた仲間に伝えた。
それから少し経って、控え室でポップを書いていると、帳簿をつけていた店長が、このあいだ万引きいたよね、と言った。いましたねと私はこたえた。店長は当時としても旧式の、大きなPCに向かったまま話した。
万引きの損害は痛いし、窃盗は犯罪だし、だから俺は腹を立てるわけだけどさ、子どもの、子どもっていうか高校生くらいまでの子の万引きって、気持ちの上で引きずることはないんだ。なんていうか、子どもの万引きは、商品が欲しくてやってるんじゃないのが大半で、ものがわかってなくってゲームっぽくやっちゃうとか、仲間がやれって言うからやるとか、そういうのなんだ。中には親に心配かけたくてするような子もいる。
店長が黙ってしまったので、万引きが手段とか表現とかだってことですか、と私は言った。彼はああそう、そうそう、そういうこと、と、ずいぶんたくさんの相槌を打って、また口をひらいた。
このあいだのは大人だった。なんで盗ったのか訊いたら、ごちゃごちゃ言ってからこう言ったよ。こんなもんに金出すのばかばかしいからだって。買う価値がないから、苦労して働いて得た金で買うだけの価値がないものだから盗むんだって、そういうふうに言ったよ。
店長はまた黙ったけれども、今度は続きをうながすことばが思いつかなかったので、私も黙っていた。ポップはあまり可愛く仕上がらなかった。店長は、今度の日曜日はできれば少し早めに出てもらいたい、というようなことを話し、それから言った。
あのさ、うちはたいしたもの売ってないよ、ねぎとか卵とかぎょうざとかルックお風呂の洗剤とか、そんなのだ。でもそれに数百円の価値を感じられないってどういうことなんだろう。あいつはもっと珍しいものや綺麗なものになら値札ぶんの金を出してもいいと思うのかな。思わないんじゃないかな。なんでそういうふうになっちゃったんだろうな。
店長の話を聞いて、その人は働くことでよい感情を得たことがないのではないか、と思った。労働の報酬はお金や福利厚生だけではない。賃金に値する働きができることの安心感だとか、組織の中で一定の役割を果たしているという自負だとか、そういうのも対価のひとつだ。十代のアルバイトでだって手に入る。
でももし、そういう感情的な報酬を手に入れないままでずっと働いてきたら、世の中のいろいろなものが高価すぎるように思えるのではないか。あれほど苦労して、あれほどいやな思いばかりした、その数日なり数十分なりに値する商品ではないと、そう思うのではないか。それはいかばかりひどい生活だろう。なにもかもに労働に値する値うちが感じられないというのは。
でも十七の私は、その感想をうまくことばにできなかった。店長はおつかれさんと言い、私はお先に失礼しますと言った。