傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

プリキュア・メカニカルハートのこと

 夏の休暇は旅行するの。あらいいわね。いつ戻るの。そしたら一日二日ヒマな日があるでしょう。帰っていらっしゃい。
 母が珍しく強くわたしの帰省を要求した。その意図するところは明らかで、わたしが延々と物置がわりに使っている昔の子ども部屋を片づけろ、との命である。
 いくらなんでもそろそろ部屋を空にしなさいと言われ続けてはや数年。わたしは重い腰を上げ、故郷と言うほどには離れていない生家に向かった。ちょうどいいといえばちょうどいい。わたしたちのプリキュアを発掘してこよう。

 先日、従姉が入院した。たいした病気ではないそうなのだが、生まれて初めての手術を控えていたからか、それとも年を重ねたからか、ちょっとばかり弱気になっていて、見舞いに行くと昔話をたくさんした。あのときは楽しかったね、と何度も言った。
 あのときとは、従姉の母親、わたしの伯母の通夜の日のことである。

 そのとき従姉は大学生で、いかにも気丈に来客に対応していた。伯父はその横で幽霊のように頭を下げていた。
 伯母とわたしの母は十ばかり年が離れていて、従姉はわたしより十五歳年上だった。わたしの母は翌日の葬儀までをサポートすべく、わたしとともに伯母の家に宿泊する予定だった。
 わたしは母の指示で従姉の部屋に入った。母が外からドアを閉じたのに、さわさわと大人たちの気配が伝わって、なんだか落ち着かなかった。
 やがて従姉がやってきて、わたしの名を呼んで少し笑った。あとから母に聞いたところによると、「妻をなくした夫から母をなくした娘の父親に復帰した」伯父が、遅ればせながら娘を気遣って指示したものらしかった。わたしはまだ六歳だったから、誰かの目が必要だった。
 従姉は喪服のまま壁に背をあずけるようにぺたりと座り、何か他愛のないことを話した。内容は覚えていない。伯母の話や葬儀の話はしなかったように思う。
 そしてわたしたちは「自分たちがプリキュアになるなら」という想定で大学ノートに落書きをはじめた。従姉は工学部だったからか、理系のプリキュアがいいと言うのだった。コンピュータとか、機械とか、そういうの。
 わたしは小さな頭をひねり、初代と同じ二人組のプリキュアを作ることにした(わたしはその少しあとの世代だが、最初が二人組だったことは知っていた)。
 わたしはロボットアニメも観ていたから、自分が発明したロボットと一緒に戦うことにした。そのロボットには心がある。とてもやさしい、でも強いロボットで、わたしと通じ合っているのだ。すると従姉は大きなコンピュータの前に座るツインテールの女の子の後ろ姿をさらさらと描いて、わたしはこれ、と言うのだった。プログラミングの天才で、ロボットを強くかしこくするの。
 わたしはプログラミングというのがなんだか知らなかったが、しかつめらしくうなずいた。大人のお姉さんのような気持ちでいた。
 わたしたちはおしゃべりしながらたくさん絵を描いた。敵は強いロボットを作って人々に悪さをする。ロボットたちは作られたときには心があるのに、敵はその心を悪い魔法で引き抜いて悪事の道具にしてしまう。許せない。わたしにはロボットの心のありかを感じ取る特別な力があるから、敵から奪われた心を取り戻してロボットに返してあげることができる。ロボットは作られたとたんに心をとられていて、赤ちゃんみたいなものだから、従姉がすばやくキーボードをたたいてロボットの心にいろいろのことを教え、強くかしこくする。悪いことをした記憶がよみがえったロボットが罪悪感で自暴自棄になる回もある。
 わたしたちはたくさん絵を描き、わたしの話す内容を従姉が絵の余白に書き加えて、いいね、いいねと盛り上がった。わたしが「メカハート」というタイトルを提案すると、従姉は「メカニカルハート」がいいんじゃないかと言った。そのほうがかっこいいからそうしようとわたしはこたえた。フリルのついたスカート、ひゃくまんばりきのロボット、いちおくえんのスーパーコンピュータ、たくさんのリボン。

 従姉はたぶんあの夜、子どもになる必要があったのだと思う。大学生なんてまだ半分子どもである。ましてとても仲の良かった母親をなくしてすぐだ。三十だろうが四十だろうが子どもに戻っていいくらいの状況だ。
 従姉はあの日の翌日の葬儀で立てなくなるほど泣いたのだという。先日見舞いにいってはじめて聞いた。わたしはそのことを少しも覚えていなかった。わたしはただ楽しかったことだけを覚えていた。
 これがわたしたちのプリキュアの話である。