傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

お姫さまじゃなかったから

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために二年ほど会っていなかった友人がいて、久しぶりに会えることになった。一年前にわたしから声をかけたときには「やめておく」とこたえた大学の同級生だ。

 学生時代から確信しているのだが、彼女はわたしが彼女を好きなほどにはわたしのことを好きではない。彼女としては「たまには会ってもいい」という程度なのである。でもいいのだ、わたしが好きなのだから。彼女はなにしろかっこよくて、スターみたいな人なんだから。
 近隣のいくつかのゼミが集まって開いた飲み会で「女の子からぐいぐい来られたら引く」「控えめにしていてほしい」と口にした男子がいて、彼女はその隣に座っていた。そして絶妙なタイミングで鼻を鳴らして言ったのだ。えー、わたし、ぐいぐいいくなー、いい男は早いもの勝ちじゃん、でもまあ、控えめな女の子が好きな男にはわたしも用はないから、問題ないか。
 よくとおる声の、手足が長くてあざやかな色の服を着て大きいピアスをつけた、大人びた学生だった。大学生なんてまだ半分子どもみたいな人もいるのに、あきらかに完成していた。自分の見せ方がわかっていて、セクシーであることにためらいがなかった。
 わたしも自分から一本釣りするタイプだよ! わたしがそう声をかけると彼女は大笑いして、ほらー、そんなの普通じゃーん、と言った。そしてわたしはときどき彼女と飲みに行くようになった。
 彼女はその後、大手の広告代理店に就職してキャリアを積んでいる。去年同じ業種の男性と結婚して、タワーマンションに引っ越したのだという。わたしは広告代理店にも結婚にもタワーマンションにも興味がないけれど、彼女にはよく似合っていてすてきだと思う。あの飲み会で着てた、ボディラインが出るワンピースみたいに。

 久しぶりに会った彼女はやっぱりエネルギッシュだった。よく食べてよく話しよく笑う。結婚おめでとうとわたしが言うと彼女はそれまで見せたことのない、無表情に近いほほえみを浮かべ、言った。うん、とにかく配偶者というものがほしかったから、自分でもめでたいと思う。
 わたしがしんとしていると、彼女はことばを継ぐ。熱烈な恋愛結婚というのではないけどね。わたしは恋愛がコンプレックスだったから、それはとうとう解消されなかった。
 わたしは驚いた。彼女はわたしと同じく、そしてわたしよりはるかに派手に、自分から恋愛を楽しんでいるとばかり思っていたからだ。誰も待たず、好きになった人をためらいなくつかまえ、ねえわたしといると楽しいよと言う。そういうふるまいを好む、数少ない同志だと思っていた。

 そういうキャラにしていた、と彼女は言う。大学生にもなれば自分が女子アナみたいな女にはなれないとよくわかる。黙って立っていて大勢にモテるタイプじゃないことが身にしみてわかる。だから自分から行かなくちゃいけなかった。わたしにとってそれは、苦肉の策だった。恋愛できないよりそのほうがましだから、そういうキャラにしていた。
 覚えてないかもしれないけど、あなた、学祭のミスコンの参加を頼まれたことがあったでしょう。それであなたは言った。出ないよ、そんな牛の競りみたいなやつ。
 わたしはうらやましかった。わたしには数あわせの出場依頼も来ないから。あなたは、中身は今でもびっくりされるような、当時ならもうぜったいありえないくらいゴリゴリのフェミニストだったけど、顔は人気があった。わたしは、そういう顔がほしかった。わたしはね、あなたが思っているよりずっと俗なんだ。みんながいいと言うものが好きで、みんながいいと言うものになりたいの。顔はこの子の、声はこの子の、プロポーションはこの子のがほしいって、そんなことをずっと考えてるの。「この子は昔きれいだったけど、年くった今となってはたいしたことない」とか、そういうことを。

 主体的な女が好きで、自由な女が好きで、強い女が好きで、だからあなたは、わたしを好きなんだよね。でもそれはキャラなんだ。わたしはベタなお姫さまになりたかった。選ばれて羨まれて守られる女になりたかった。そんなのは今時はやりじゃないってことになったから、ちょっとほっとしてる。でもなれるものならなりたいよ、今でもね。

 そう、とわたしは言う。やっぱりこの人が好きだな、と思う。この人が自分の言うように人気に重きを置いていて、「大学の同級生でやけに自分のことを好きな女がいる」というちょっとした話題づくりのためにわたしに会うのだとしても。