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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

策を弄さない勇気

 傷つきました、と彼女は言った。会議室の端までよく通る声だった。そうして、とても静かな物言いだった。私は職場にあってもいろいろの感情が顔に出るたちで、「素直でわかりやすい」と言われるけれども、彼女は私と反対に、淡いほほえみがデフォルトの、にこやかでも無愛想でもない、いつも落ち着いている人だった。発言の数が少ないのではなく、主張や意見もおもてに出していて、それでいて全体の印象は物静かだ。そのような人は多くはない。

 私は会社勤めをはじめて以来、喜怒哀楽をわかりやすくおもてに出し、それをコントロールすることで不利を防ぐという手法をとってきた。嘘もめったにつかない。嘘は面倒、ありもしない感情を表情でつくってみせるのも面倒、黙っていても仕事は回らない。それにもちろん、ずっと正直でいたら損をする。だから私は、おおまかな喜怒哀楽においては嘘をつかず、限度を超えた怒りと悲しみだけに蓋をして、その上に適度な怒りと悲しみの表現を載せることにしていた。「素直でわかりやすくて、裏表のないマキノさん」のできあがりである。

 そのようなキャラクタで社会生活を営んでいる私は、職場にあって傷ついた顔をすることがない。仕事がうまくいかなくたって傷つくことはない。不当なことばを浴びせられたり、職位が上の人間から嵩に懸かって侮蔑的な態度をとられたときなどに、傷つく。そうして私は、正当な理由なく自分を傷つける人間は反撃すべき敵であると思っている。殴られたら殴り返したいと思っている。だから殴られたときに「痛い」という顔をしていられないと思う。そんなの殴ったやつの思うつぼだし、殴り返すチャンスをうしないかねないと思う。だから私は傷ついた顔をしない。身を守りながら同じくらいのダメージを与える方法を考える。

 そうねえ、と彼女は言う。会議は終わり、彼女と、仕事上の彼女のパートナーを不当な目に遭わせた人間について、追って沙汰されることになった。私は彼女に近寄り、そっと言った。すごかったです。傷つきましたと言ってみんなに認めさせるのってすごいです。私、そういうやり方をしようと思ったことがなかった。

 だって、傷つけた人間が悪いのだもの。彼女はそう言う。仕事上の被害があったことを訴えるべきだと判断したから、言ったの。被害の内実は、無駄な仕事をさせられたりしたことなんだけど、お金の損失はまだ出ていないのよ。いま確実に出ている被害は、わたしたちが思いきり傷ついたことだけなのよ。だからそれを申告したまでよ。

 彼女は小さい。だから私を見上げる。それからちょっと笑う。マキノさんなら、と言う。マキノさんなら、相手が同じくらい傷つくことを言うでしょうねえ。刺すようなやつをねえ。目には目を、みたいなところ、あるものねえ。

 私が恥じ入って苦笑すると、彼女はちいさな手のひらで私の腕をぽんとたたいた。いいのよ、それしかなければそうしたっていいのよ。でも、不当な目に遭った報復はゲリラ戦しかない、みたいな考え方はしなくていいの。ゲリラ戦は弱者に残されたやむを得ない選択肢です。不当なことをしやがった人間は日の当たるところで裁かれるのがほんとうは正しいの。それができなかったのは自分たちが若かったり、力がなかったりしたからかもしれない。けれどもわたしたちはいつまでたっても弱いわけじゃない。わたしたちは年を重ね、キャリアを積み、たぶん実力みたいなものもついているのよ。たぶんね。

 そのときに古い戦い方しか持っていないのは悪手だと思う。わたしたちはもう、不当な目に遭ったら公の場で堂々と発言できる。わたしたちはそれくらい強くなったと、わたしは思う。それでももちろん、公の場で誰かの悪意をあげつらうことにはリスクがある。でも、そろそろそのリスクを取るべきだと、わたしは思う。

 わたしたちはもう、ゲリラ戦しかできない弱者じゃない。正規の手続きを踏んで戦って、それで多少の損をしたとしても、職を追われることはない。多少の損もしたくないほどのけちでもない。わたしたちは、若い人たちのために、被害は被害として申し立てたほうがいいと思う。組織の中で受けた傷は組織として対応されるのだと示すべきなのよ。

 彼女はことばを切り、ちょっと照れた。私はいたく感心して、わかりました、とこたえた。よほとのことがなければゲリラ戦はしません。そうねえ、と彼女は言った。ゲリラ戦のノウハウと武器は捨てずに倉庫にしまっておくといいけどね。またいつ必要になるか、わからないから。

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