そうしてそれを解消します。あたかもその人が「自分で解消させた」かのように。
私はちょっと困惑し、一秒後にはすっかり感心して、口を半開きにしたまま、彼女のせりふの続きを待っていた。それから気づいた。あ、今のもですか。彼女はうっそりとほほえんでこたえた。ええ。いちばん短く体験していただきました。実際のゲームづくりではその感覚を螺旋状に配置してときどきどこかに穴をあけておきます。
初対面で「ひきこもりです」というので、おうちで何をしているのかと訊いたら、ゲームを作っているのだという。
スマホのゲームです。詳しくは言えないんですけど。ほとんどひとりでやってます。会社つくったからオフィス借りようかなって思ってシェアオフィス見に行ったらなんかみんな明るくて前向きで休日にバーベキューとか誘われそうでいやだなって思ってやめました。ゲーム関係の小さい会社ばかり入っているって聞いたから行ったのに。わたし、小さいころからゲームに逃げるしかなかった正統派のオタクなんで、目も合わせられないようなコミュ障が寄り集まって朝から晩までひとことも口をきかない殺伐としたシェアオフィスを期待してたんですよ。それがなんですか、どうしてイケメンが出てくるの。どうしてこだわりのコーヒー豆を手挽きしてにこやかに客に出すの。まじ無理だなって思って、だから、自分ひとりでオフィス構えられるまでは、仕事は、家でしようと思って。
それでひきこもりだというのだった。たしかに、ひきこもってはいる。ただ、ずっと働いている。高校生の時分からプログラミングで食べる目処をつけ、いちおう行ってみた大学は二ヶ月で辞め、二度転職してちいさな会社をつくり、「えっと、それなりに、当ててる感じ」なのだそうだ。以前から独立したかったのかといえばとくにそうでもなく、「なんとなく」だという。
報われる努力って、嗜好品じゃないですか。彼女はゆったりと、やさしい声で言う。
贅沢な嗜好品、それも依存性の。わたしは、それを人にあげるのが、得意なの。ねえ、マキノさん、努力して、努力しただけ報われたことって、ありますか?あるなら初期値が高いんです。少なくともその分野に関しては。努力は高い初期値を高めるか、たいして高めないか、その程度のものです。線形に報われる努力って、ダイエットとか筋トレとか、それくらいしか、ないじゃないですか。しかもすぐ天井にぶつかる。それにハマれる人ばかりじゃない。だって、すぐに報われないもの。身体にも才能はあって、その初期値の低さがわたしたちをいらだたせる。無理をすればそれこそ倍返しです。身体は気むずかしい。わたしのほうが身体の機嫌をとってやらなきゃいけない。
機嫌はとるよりとられたいでしょ。すぐに報われたいでしょ、毎日ちょっと気持ちよくなりたいでしょう。この世でいちばん強い麻薬は達成感です。でもわたしたちはめったに達成なんかさせてもらえない。わたしは、それをあげるの。手間暇かけず、お手元のスマホにお届けするの。最初はただで。せいぜい数百円で。ええ、もっと払いたい人もね、うふふ、いっぱいいますよ。いいじゃないですか。大人の趣味の範囲です。
この世の苦痛に意味はないんです。神さまがお与えになったという人はいるけど、わたしには、神さまがいない。わたしは交通事故で鎖骨を折ったことがありますけど、もちろんその痛みに意味はなかった。病気にも意味はない。愛されないことにも意味はない。認められないことにも意味はない。わたしたちはただ意味もなく苦しむんです。
でも、ゲームはそうじゃない。まず、ストレスが与えられます。ちいさな、適度な苦痛がある。それからそれは解消されます。電子データのご褒美つきで。でもほんとうにみんながほしいのはグラフィックや数字で出てくるご褒美じゃあないの。「自分であのストレスを解決した」という感覚なの。
ねえ、マキノさん、わたしはほんとうにゲームが好きでした。正しく報われる努力、意味のある適度なストレス、無力じゃないわたし。
ご自分の作っているゲームは好きですか。私が尋ねると彼女はほほえみ、愛着があるという意味では好きですが、とつぶやき、それから、首を横に振る。ゲームとして好きかといえば、わたしを気持ちよくしてくれるかといえば、答えはノーです。あのね、マキノさん。不安になりすぎない程度に想定の範囲内で、でも予測をすこし外れるのが、いちばん気持ちいいんです。だから自分で作ったものだと、そこまで気持ちよくなれないんです。