傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2010-08-01から1ヶ月間の記事一覧

着道楽とリョウシンノカシャク

いい靴ですね先輩はいつも、と彼女は言う。靴係数は少し高いねと私はこたえる。彼女は鼻歌まじりにインスタントの味噌汁をかきまわし(相対性理論の『Loveずっきゅん』)、小さいスプーンをぺろりとなめてからその場で洗った。この後輩は食器を使い終えてす…

憎しみ鏡

私は彼を見る。ふつうの男の人、と思う。こぎれいで気が利くけれど、強烈な引力みたいなものはない。世の中にはびっくりするくらい頭が切れる人もいるし、からだつきや所作に色香のある人もいる。輝くように華やかな容姿の人や、仏像のモデルにしたいような…

プラスティックフィルムの仮面と散らかった目鼻

こんな美人が職場にいたら大変でしょうと、隣のテーブルの知らない男が言った。下卑た声だった。私たちはどちらからともなく黙ってそれぞれの手元のグラスを引き寄せた。その中身だけがこの世で唯一の自分たちの味方であるかのように。 うまくあしらう女の声…

彼女の砂漠の女

彼女はこの十年で二度職場を変えた。二つ目の職場にいたときの彼女は、継続的に摩耗していた。首筋から背中にかけて、骨でしかないはずの場所から常にかすかな痒みが滲んでいた。 私の骨髄が劣化している、と彼女は思った。骨の中身が腐った水になってそこか…

不幸への欲望と作り話という装置

昇格おめでとうと言うと彼女はうつむき、ばれてたんだとつぶやいた。わりとわかりやすいと思うよと私は言った。いいことだけ反対のこと書いてるでしょう、ずっと。 私はここ一年ほど彼女のブログを読んでいた。リアルな友人としてSNSでつながり、そのプロフ…

町のはずれの森の中の深い洞窟

彼おとうさんとうまくいっていないんですって、と彼女は言った。また、と私は訊いた。また、と彼女はこたえた。あなたってそういう人とばかり縁があるみたい、と言うと、彼女は少し思案し、上下左右に順繰りに視線を送って、それから言う。 おかあさんとうま…

釘のない生活

そういえば私もワタナベ以来恋愛に縁がないね。彼女はそう言い、私はとりあえず荷物を網棚に収め、それから訊いた。ちょっと、ワタナベさんの後につきあってたタシロさんと、あとほら、ヨシくんの立場はどうなる。 うん、その二人もちゃんと彼氏だったよ、で…

依存のデザイン

やっぱりあれですか、腕にシールみたいなの貼るんですか。私がそう訊くと彼はなぜだか少し得意そうな面もちで、そりゃあちょっと古いですよと言った。今はシールやガムでちょっとずつニコチンを摂取しつつ減らすんじゃなくって、いわゆる禁断症状、離脱症状…