はい、これ、いっぱいもらったから、お裾分け。私がそう言うと彼女は小首をかしげ、それから、笑った。声を出して笑う彼女を久しぶりに見て私はうれしかったけれども、その笑いにはもちろん屈折が感じられた。
ハンドクリームは二本目、と彼女は言う。ボディクリーム、フェイスソープ、リップバーム、バスオイル。たったの二ヶ月かそこらのあいだに、会社の人も親戚も友だちも、やたらとスキンケア用品をくれる。忘年会のゲームの景品であたったとか、夫の仕事の関係で、とか、年末年始にパリに行ったから、とか。ここのは肌に合うって言ってたからっていう人までいた。他人によくそこまで関心持てるなあって思う。私の肌ってそんなに荒れちゃってるのかしら。
彼女はそう言って両のてのひらを頬のやや下でひらひらと振る。結婚指輪はもともとつけないタイプだ。そのことにすこしほっとして、それから、荒れてはいない、と私はこたえる。お肌に問題はないよ。でもあなたが自分を刑務所に入れていることをみんながなんとなく察しているんだと思うよ。
刑務所、と彼女は言う。刑務所ってこうやって友だちに呼ばれて巨大なケーキを食べたり妙な香りをつけた紅茶を飲んだりするところなの?比喩だよと私は言う。好きだったじゃない、あなた、巨大なケーキと妙な香りつきの紅茶。私がこたえると彼女はふたたび小首をかしげ、そうだったっけ、とつぶやく。そうだよと私は言う。そうだよ、あなたは、これを好きだったよ。
彼女がそれを忘れていても、思い出すまで言おうと私は思う。ハンドクリームは以前使っていたのを見た記憶があって、だから持ってきたのだった。ほかのものを彼女に手渡した人たちも同じ気持ちだったんだろうと思う。
私たちは覚えているのに、彼女自身は忘れてしまう。自分が好きだった、些末なものごとを。彼女の身につけているものは、まだ決してみすぼらしくはない。けれどもこの一年、おそらく靴下のひとつも買っていない。髪もたぶん切っていない。もともと長めの髪の毛先をアイロンで軽くアレンジしているからわかりにくいけれども。
ヘアアイロンが壊れたら彼女は平気で捨てて髪を括って済ませるだろう。服はあるものを繕いながら着て、どれほど色あせても平気でいるだろう。すでに靴の踵がすり切れている。以前の彼女はそういう状態のものを放置することはなかった。化粧はもともと薄かったけれども、今はしていない。
彼女は一年前におなかの子に死なれて、この先も出産は見こめないという診断を受けた。彼女は早々に夫と住んでいたマンションを出て非常に質素な住まいを見つけ、その住まいと職場を往復し、淡々と仕事だけをするようになった。彼女と夫がそれぞれ生活費を自動で振り込んでいた口座への入金は止まらず、夫がやめるように連絡すると、あなたも引っ越したら、と彼女はいうのだった。ふたりで借りたんだから私には家賃負担の義務がある。離婚に合意してくれればなくなるんだけど。私の都合で別れるんだから慰謝料も用意してある。あなた、早く次の人みつけないと、男性にも親になれる年齢の限界はあるのよ。
夫は子を望んでおり、自分には子ができない、だから別れる。これは彼女のなかで疑問さえ浮かばない理であるらしく、夫がどう説得してもまったく反応がないと聞いた。子をなくした直後に会ったときには悲壮感が見えたけれど、今ではそれもない。生まれたときからそうであったかのように、ただ最低限の暮らしを続けているのだと思う。
好きだったものの話をしても、好きだったことに誘いをかけても、ほとんど応じてくれなくなった。ようやく会えたらこのありさまだ。自分が好きだったケーキも紅茶も覚えていない。自分で自分を快くさせることを禁じた人は自分が好きだったものをみんな忘れることさえできるのだ。そう考えて、私は暗澹とする。今は仕事が彼女をこの世界につなぎとめている。仕事のために身なりと健康に下限の線が引かれている。けれども離婚やなにかが済んで平均よりすこし多い収入が必要なくなったら、この人はどうなるだろう。
私たちは実はとても簡単に、自分の世話を放棄してしまう。自分にそれだけの価値がないと判断してしまう。たとえば誰かをなくして、それを自分のせいだと考えているときなんかに。
運が良ければ考え直す。少しずつもとに戻ったり、新しく立て直したりしようとする。けれども一度捨てた自分への愛情を取り戻すことなく静かに朽ちていく人もいる。他人がそれを止める手段はとても少ない。それでも私は言う。些末なものを手渡して、言う。あなたは、これを好きだったよ。