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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

グラノヴェターによろしく

 ありがとう、ありがとう、ほんとに助かったよ、今度なんかおごるし、それだけじゃ足りないから、ええと、こないだ旅行先で見た古代の祭壇みたいなのにあなたを乗っけて秋の収穫を捧げてははーって祈る、心の中で。私がそう告げると彼は笑ってマキノの空想はいつまでたってもばかみたいだなあと言う。
 だって、私の気が済まない、私は、あなたが得をしないのは、おかしいと思う、頼んでおいてなんだけど、私は何度かこうやって、私がぜったいできないことをしてもらって、おかげでピンチを回避したりしてるし、ほかの人だって同じことしてる。あなたは、平気でいいことをしてあげて、ろくに得してない。そういうのってよくないと思う。あなたの家の上にだけ黄金の雨が降ったりしないと、だめだと思う。
 彼は言う。僕の家はマンションだから黄金の雨はいい。それに僕だって誰彼かまわず頼みごとを聞いてるわけじゃない。ちょっとおもしろいかなと思ってしてる。僕にとってはたいしたことじゃないのにやたら感謝されていい気分にもなる。心理的な報酬は得ている。だから黄金の雨はいらない。というか、ほとんどなにもいらない。
 ほとんど?そう、ほとんど。なにも、ではなく?うん、なにも、ではなく。この話してもみんなあんまり理解してくれないんだけど、僕はけっこう「もらってる」んだ。ちょっとした友だちや同僚から。たとえば知りあいが増える、おもしろい人もそうでない人もいる、知りあいが増えたってべつにそんなにいいことはない、なかには不愉快な人間もいるしね。でも僕は、へんな話だけど死んでも大ダメージを受けて寝込んだりはしない程度の、マキノみたいな友だちとか、何年かに一度くらいなにかで同席するくらいの知りあいがいる状態が気に入ってるんだ。そういう連中に自分もちょっと楽しいくらいの作業だとかを提供するのも好きなんだ。
 結婚したのも、その手のうっすらしたつながりで偶発的に同席した相手だったんだけど、結婚は「もらってる」内容というより、象徴みたいなものだね。気分で動いて、はたから見たら損をするのって、ぜんぜん悪くないよ。せこせこ損得勘定しろって言われるほうが不幸だよ。私的な人間関係で効率を考えるなんてほんとにばかげてる、気分で動いて損して何が悪い。
 私生活のコストパフォーマンスなんて、ほんとに意味がわからない。僕は効率的でありたくなんかない。得をしろ得をしろってマキノは言う。その気持ちは善良といっていい。でもわかりやすい得なんかいらないんだ、生きてるだけでけっこう満足で、「合理的な」行動とやらに縛られないほうが空気がおいしくて、僕は幸せなんだ。どうにかして百円だけ払って百五十円のペットボトルをもらおう、みたいなことを始終考えてるなんて、ぞっとする。
 うん、それでも納得できないなら、遠大な損得の話をしよう。学生のときになにかの授業で聞いたんだ。人生の重要な局面において大きな影響をおよぼすのは肉親や伴侶や生涯の親友より、ちょっとした知りあいのほうが多い、っていう話。考えてみればもっともだけどね、だってものすごく近しい人はだいたい同じような生活をしていて同じような人間と一緒にいるわけで、その関係性を通じて人生の劇的な変化みたいなものががつんとやってくる、みたいなことって、あんまりないと思う。でかい変化は細い橋みたいな関係性を渡って知らない島からやって来るほうが多いんだと思う。知らない島には知らないことがあるから。
 そうして僕はその細い橋をときどき掃除するんだ。手の届く範囲を、気分で。たいした仲でもない、ふだんは目にも入れないから汚くっても自分は気にならない、その程度の橋を。するといつかそこからやってくるかもしれないものが、いい気分で来てくれる、かもしれない。そうじゃないかもしれない。少なくとも僕は、いい気分になる。
 僕は偶然が好きで、理由のない気分にしたがうのが好きだ。だから偶然の通り道をきれいにしておく。もちろん、気分で。どうだい、これで僕を古代の祭壇に乗っける必要はなくなっただろ。
 いいはなし、と私は思う。その、細い橋からやってくるものについて話したのって、だあれ。私がたずねると彼は間の抜けた沈黙を挟んでから、誰だっけな、とつぶやいた。思い出したらメッセ入れておく。この話って、聞き流したのに何年かに一回ぽわっと頭に出てくるから、僕にとってある意味で重要な何かなんだろうけど、なにしろその場ではぜんぜんそんな感じがしなくって、ぼけっと聞き流してて、言い出した人の名前とか、ぜんぜん覚えてないんだよね。