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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

ハッピーバースディ・トレーニング

 生まれるねえ、と彼は言った。たぶん、と彼女はこたえた。彼は仕事帰りのスーツ姿のまま、リビングの半端な位置の床の上に座りこんで、ぼうっと彼女のおなかを見ていた。とても不思議そうだった。彼女は言った。私も産むのはじめてだからまだよくわかんないけど、まあ、どうにかなるでしょ。うん、と彼はつぶやいた。人、ひとり、入ってんのかあ。いつから人としてカウントするかは議論がわかれるところだねと彼女はこたえた。
 彼は妊娠や育児に関する本を読みあさり、彼女の体調について事細かに質問した。それだけを人に話せばなんてやさしい伴侶だとみんなが言うだろう。けれどもそうしている彼からはかすかに怯えの気配がした。彼女は尋ねた。なあに、子どもが怖いの。怖いよと彼はこたえた。当たり前じゃないか、訊くまでもないじゃないか、僕にはまともな親のサンプルがないんだから。
 彼はごく小さいときから、家庭といって連想するような環境を与えられていなかった。でもあなたには人を愛する能力がある、と彼女は言った。私はそれを知ってる、今のところはそれでじゅうぶんじゃないの。じゅうぶんじゃない、と彼は告げた。まったくじゅうぶんじゃない。恋愛なんか簡単だ、ことばの通じない相手を僕は好きになったことがない、だから言えば伝わる。僕にどんな不具合があって、何を了解してもらいたいかを、相手に伝えることができる。それに、いろんな場面で「こうすればいい」みたいな型があるし、だいいち相手も大人なんだから、ちょっと腕から落としちゃったって壊れないし、どっちかがいやになったら別れればいい。結婚に至っては制度だ。法律だ。それに付随する文化的な型もすごくはっきりしてる。そういうやつはだいじょうぶ、勉強すればできる。きみの親御さんが僕を拒否しなかった段階で、あとの心配はなかった。でも子どもは別だ。子どもは制度じゃない。子どもは僕と同じことばを使わない。子どもは、落としたら壊れる。僕は僕の不具合を子どもに理解しろと要求できない。僕は学習して父親にならなくちゃいけない。子どもに必要なものを与えられるようにならなくちゃいけない。
 彼女はけらけら笑って彼に教えてやった。完璧なモデルとしての親なんて誰も持っていない、もちろん、より良い親もいればいないほうがマシな親もいるし、親がいる子といない子がいる、でも、そんなのはあとからつくっていけばいいの、あなたはあらかじめ理想の父親にならなくちゃいけないんじゃないの、だんだんこの子の父親になればいいの。
 彼女は少し考えて、提案する。そうだ、お誕生日会の練習をしましょう。あなたもうすぐ誕生日でしょう。すてきなレストランを予約してちょっとした贈り物を手渡して帰りにバーに寄る大人用のお誕生日じゃなくって、子どもとするお誕生日の練習をしましょう。そういうことをいくつかやっておけばあなただって、「子育てもある程度は技術と型の問題だ」と納得できるでしょう。だいじょうぶよ、あなたには人を愛する能力があるんだから。
 そうして彼の誕生日がやってきた。彼女は彼女の思うところの「子どもにするお誕生日の練習」をした。つまり、自分たちの家にいて、子ども向けのご馳走をつくり、いちごのケーキにろうそくを立て、ハッピーバースディの歌をうたい、ろうそくの日を吹き消すよう彼にうながし、火が消えたら手を叩いておめでとうと言い、リボンをかけたプレゼントを渡す、というやつだ。彼は途中までげらげら笑っていた。マンガみたいだ、とひどく可笑しがった。だから言ったでしょう、型と技術の問題なのよ、と彼女はこたえた。ケーキを食べている途中で彼の顔色がみるみる悪くなった。あ、きたな、と彼女は了解した。目の焦点が合っていない、気配が半ば消えたようになった彼を軽く支えてベッドまでつれていって寝かしつけた。
 彼は二時間で居間に戻った。おかえり、と彼女は言った。ただいま、と彼はつぶやいた。彼はときどき自分自身からひどく遠ざかってしまう。そこにいない人になってしまう。彼の「不具合」のひとつだった。かつてそれは、子どもだった彼が頻回な強い苦痛から逃れるための能力だった。けれども今やそれは、幸福へのある種の恐怖や過去の自分と比較したときの誰かへの嫉妬を契機に彼を停止させる不具合となって、彼の中に残されていた。
 やれやれ、と彼はつぶやいた。先が思いやられる。何度も練習すればいいのよと彼女はこともなげに言った。それに父親がちょっとくらいポンコツだって、別にいいじゃない、私だって別のところがけっこうポンコツなわけだし、とりあえず、やってみましょ。