傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

「つまらないからまた飛んだ。」

つまらないからまた飛んだ。
彼はそう言い、私はまた、と訊く。うん、また、と彼はこたえる。
彼は退屈すると郊外の小さい遊園地に行く。そこにはバンジージャンプのための塔が立っている。美しい塔とはいえない。最低限の耐久性だけはあるというような、粗雑な建築物だ。そういうのって好きだな、と彼は言う。なんだかみじめっぽくて。
僕は基本的にみじめな人間なんだ。彼は繰り返しそう言う。少し嬉しそうに、少しはずかしそうに。
彼はその塔にのぼり、飛びおりる。彼は目を閉じない。地面が近づくと閉じてしまうけれど、と言う。最後までぜんぶ見たいんだけど、なかなかできない。
怖くないのと訊くと、怖いよと言う。彼はときどき、かわいそうな子どもを見る目で私を見る。この愚かな人はなにもかもわかっていない、と彼は思っている。たぶん。
そう思われるのは、そんなにいやではない。ごく率直に言うと、私はだれかにばかだと思われるのが好きだ。ばかでかわいそうで、手を引いてどこかに連れていってあげなくてはいけないと思われることが。
私がぼんやりして反応しないので、彼は首をかしげる。私はごめんね、続けて、と言う。
怖いに決まってる、物理的に自分を害するおこないは無条件の恐怖感を与える、それは健全な反応だ、なにしろそういうプログラムが入っていなかったら人間は好奇心にまかせてわりと簡単に死んじゃうだろうからね、だって死後の世界とかすごく気になるじゃないか。
私は同意する。そうだね、死んだあとのことはとても気になる。すると彼は死ぬのはだめだよと言う。やだなあ死ぬの怖いしごはん食べたりしたいから死なないよ、と私は言う。彼はごく真面目に、よかった、と言う。そうして話をもとに戻す。
死んでみたいよね。それはわりと平凡な好奇心なんだ。僕にもそれはある。でも本能がそれを止める、とてつもない恐怖感をもってきて止める、でも空を落ちるのはとても気持ちがいい、その恐怖感が裏に貼りついているからなおのこと気持ちいい、ふつうに生活していたらそういうのってなかなかないんだ、だから僕は小さい遊園地のみじめな塔にのぼって飛ぶ。
飛ぶたびに感じがちがうの、と私は訊く。ちがう、と彼は言う。なにからも逃げていないときはきれいに飛べない、と言う。右手と左手を、恋人たちが手をつなぐときのようにしっかりと組みあわせて、その上にあごをのせて、夢みるような声で言う。


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