傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

夜と犬

 それさあ、と彼女が言う。犬好きが犬にやるやつだよ。それって、と訊く。僕の顎は彼女の頭蓋に接しているので発声の労力はとても小さい。あなたが今してるようなやつ、側頭部から撫でて頭のてっぺんにキスするやつ、犬がいたらわたしもそうするよ。だいたいあなたは昔からわたしを犬のように扱っているんだよ。そんなことはないと僕は言う。生まれてこのかた身の周りに犬のいたことはない。そういえば彼女はむかし、将来は犬を飼いたいと言っていた。まだ飼わないのと訊くと飼わないよと言う。生き物を飼うのはたいへんなことなんだよ、わたしは出張が多いし、それにもっと広いマンションに越さないと無理だよ。

 そうかいと僕は言う。可愛いねと言う。もう一度撫でる。彼女は手慣れたしぐさで僕の肩と胸のあいだにひたいをつける。完全にリラックスしている。たまにしか会わないのに好きなだけ撫でさせて帰るのがこの人の良いところだと僕は思う。僕の手をはねのけることがない。過去はいざしらず、すでに長いこと僕に何かを要求しないし、これからもきっと、しない。可愛い。可愛さには安心感が含まれる。それからえげつなさが含まれる。撫でられ慣れている女。くそビッチ、と僕は思う。よくもまあこういう種類の女とつきあってたよな、十年前の俺はちょっと頭がおかしかったんだ。

 わたしはもう四十にもなるのですよと彼女は言う。そもそもあなたと知り合ったのだって十三年前で、可愛い可愛いというような年齢ではなかった。そうかいと僕は言う。そんなのが僕に何の関係があるのかなと思う。僕にとってあなたの時間ははじめから停止していて、いくつになろうがどうでもいいことだ、と言う。彼女は僕の腕からすぽんと頭を抜き、グラスをかたむけ、やれやれ、と言う。わたしはそれなりに努力をし、成熟し、ささやかながら社会的成果も上げてきたのですよ。あなた、それについて認識していらっしゃるのですか。少しは褒めてくだすっても良いのではありませんか。

 そのような事象があることは認識している、と僕は言う。彼女はさっきとはちがう角度で僕の腕に顔をつけ、軽く噛む。かたい、とつぶやく。すごく不満そうだ。すまない、と僕はかえす。老いにあらがうためにトレーニングをしているんだ。きみの言うとおり、時は正しく流れ、僕らは年をとっているのです。

 あなたみたいにわたしの噛み癖を許容する男っていないな、と彼女は言う。むしろしてほしがるじゃない、あなた、それって、やっぱりわたしを犬みたいに思っているからだよ。こんなのってしつけのなってない犬のすることだよ。僕は返事をしない。もう一度噛まれるのを待つ。僕はそうされるのが好きだ。僕は犬と親しくなったことがない。僕にとってそれは愛情不足の子どもの仕草だ。僕は大学生のころ、毎年ひとりは小学生の家庭教師をしていた。アルバイトする時間はぜんぶ予備校に振り分けたほうがカネになるのにと仲間たちは首をかしげていたけれど、子どもというものを、僕は好きだった。小さくて距離感のつかめない、体温の高い存在。僕を雇った家のいくつかは子どもに適切な愛情を注いでいないように見受けられた。そういう家の子どもは慣れてくると不意に僕の手足に噛みつくのだった。僕は彼らを叱った。弱くしなさいと諭すと彼らはちゃんと言うことを聞いた。彼らの薄い前歯、彼らの無力な暴力、彼らのさみしく原始的な愛。

 彼女は最近つきあった男の話をする。僕も最近つきあった女の話をする。仕事と生活の話が終わったときに付け足りのようにするタイプの簡潔な報告事項だ。僕のちかごろの女たちはいずれも結婚している。彼女はあきれて、あなたは昔から子どもを欲しがっていたのに、と言う。そんなんじゃ間に合わなくなるよ。計算して人とつきあえるタイプじゃないんだ、と僕は言う。知っていると思うけど。彼女は肩をすくめる。きみだって結婚してる男と寝ることくらいあるだろ。僕が言うと彼女はふふんと笑う。わたしはしない。その男と結婚している女性を傷つけたくないから。わたしは女の人たちを大切にしたいの。女性たちの一部にとっていまだ結婚は生活の手段でありさえするんだよ。彼らは一対一という法的な契約を結んでいるのだもの、自分の娯楽のためにそれを侵害するわけにいかないよ。

 娯楽、と僕は思う。僕は娯楽で恋をしたことなんかない。あなたのまわりには相変わらずろくな女がいないねと彼女が言う。なんてこと言うんだ、と僕は言う。そんなことはない、みなすばらしい女性たちだ。彼女は笑い、髪を揺らす。僕はそれに手をのばす。

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好都合な不自由

 もう誰か決めてよお、わたしに向いてる仕事、勝手に決めてくれていいから、すごいAIとかが決めてくれたら、その仕事、大人しくやるからさあ。彼女はそう言い、みんなが笑った。私はあんまり笑えずに、いやいやいや、と冗談めかして発言した。それ地獄だから、SF映画とかでさんざん描かれてきた人類最悪の未来だから。

 ぜんぜん最悪じゃないしわたしには最高ですよ。彼女はそう言う。私の半分弱の年齢の大学生である。私は母校に依頼され、卒業生として学生たちの就職相談に乗った。母校の企画の趣旨により、その場にいるのは女子学生と女の卒業生ばかりだった。終わってから非公式のお茶会に流れて、出てきたせりふが「誰か仕事決めてほしい」。就職活動に疲れたのはわかったけれども、その発想はないだろう、と思う。

 人生は自由を勝ち取る戦いの連続であり、職業選択の自由なんて自由のなかでもいちばん基本的なやつだ。誰かに職を決めつけられるくらいなら私は無職を選ぶ。どんなに優遇されたって自分が選んでいないところで働きたくはない。自由は私がもっとも求めるものであり、なければいずれ死に至る必須栄養素でもある。その前にあって待遇などたいした問題ではない。好待遇の家畜よりのたれ死にする野良犬になる。職業的適性?そんなの他人に決めてもらうことじゃない。自分で判断することだ。そして適性は所与の前提ではなく、努力して手に入れるものでもある。

 そう言いたかった。でも言わなかった。自分の発想が暑苦しいのは百も承知だし、この大学生たちはそのような暑苦しさを目撃したときには感じよく笑って右から左に流すんだろうと予測したからだ。みんな賢くて、みんな感じがいい。大学生だけではない。職場に新卒が入ってくるたびに「賢いなあ」と思う。私の知る若者たちは、遠回りをせず、高望みをせず、見本がある事項を好む。見本のない仕事を任せるとすごくストレスになるみたいだから、可能なかぎり私が先にやって、それから部下に渡すようにしている。プレイングマネージャだから、いいんだ、と思っている。それに私は失敗も試行錯誤もみっともない姿になるのも嫌いじゃないから、いいんだ。若者たちはそうじゃない。賢くて効率的で損になることをしない、洗練されて格好の良い、私のまわりの若者たち。

 わたしの夢はね、槙野さん。誰かに仕事を決めてほしい女の子が、言う。あなたの仕事はこれがいい、住むところはここがいい、この人と結婚するといい、って、AIが決めてくれる社会に住むことです。そのAIは出しゃばらなくって、いかにもわたしが自分で決めたみたいなふりをしてくれるんです。自己決定はいいものだという価値観はわたしも持っていて、自分のことくらい自分で決められるという自己像がほしいので、決めてもらった上で自分で決めたような気になれるのが最高に素敵だと思うんですよ。

 私は彼女を見る。彼女はうっそりと笑う。きれいな女の子だ、と私は思う。流行を押さえたほどよい化粧、すらりとした、けれど過剰に痩せすぎてはいないからだ、確実に周囲から浮くことのない服装。逸脱しているのは発言だけだ。自己決定がものすごく好きでなければ自己決定を投げ出したいという発想はかえって出てこないよなあ、と私は思う。自己決定をつきつめて考えすぎて疲れたか、自己決定に関する自信を喪失するような体験があったか、どちらかだな、と思う。でも訊かない。私は彼女の何でもないのだし、彼女と会うことはきっと二度とないのだし、彼女だってそういう後腐れない相手だからちょっとおかしなことを言ってみたのだろうから。

 膨大な変数を内蔵し、自我はなく、もっとも適切な選択肢を示すことができ、報酬は要求しない知性。いやだな、と私は、もう一度思う。そんなのに慣れたら、次は「適切な選択肢」の、その適切さの基準まで、誰かにあずけたくなるにちがいない。だって、何が適切かを判断するのは、面倒なことだからだ。個別の価値判断もめんどくさいけど、価値判断の根元を作ることはもっとめんどくさい。そうして価値判断の根元を持っていない人間は、早々にだめになるし、どうかするとそのために立ち尽くして死ぬんじゃないかと思う。だって、価値の根元がないなんて、生きる根拠をなくすようなものだ。空想の中のAIが判断を放棄した私を振りかえり、代わってあげますよ、と言う。あなたではなくわたしが人間です、そちらのほうが適切です。

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世界に残された新しい部分

 ちょっとした手当や雑収入が年間十万円ばかりある。ふだんの予算に組みこんでいないので、ただ口座にたまる。このお金は貯金なんかしない。年に一度、それまでしたことのない体験をするのに使う。どうしてそのように思いついたのかは覚えていない。物を買ってはいけないのではないが、目的はあくまで体験でなければならない。体験の質は問わない。気になっていたこと、やろうかやるまいか迷っていたこと、ばかばかしいけどやってみたいこと、なんでもかまわない。ただ「したことがない」かつ「してみたい」という条件はどうしても満たさなければならない。

 若く貧しかったころ、この十万円は私の聖域で、ふだん堅実に暮らしていても、年に一度ばかみたいなことにぱーっと遣って気を晴らしたものだった。はじめて一人で海外に出たのも、ドレスアップしてオペラを観たのも、自分の意思と自分の財布で星つきのレストランに行ったのも、英会話のプライベートレッスンを受けたのも、まとまった金額の寄付をしたのも、まとまった金額の賭けごとをしたのも、この年に一度の個人的なお祭りでのことだった。そうそう、花火の打ち上げに参加する免許を取って、花火師の言うとおりに打ち上げ用の筒を設置して、あの丸い火薬に火をつけたこともあった。

 祭りの性質上、以前のネタは繰り返すことがないので(継続してやりたくなったことは通常の家計に組み込む)、年をとって経済的に余力ができたらふだんの遊びと組み合わせる楽しみも出てきた。旅先で珍しい経験をするのに遣うだとか、親しい人の趣味に便乗するだとか。そんなわけで祭りの時期は毎年ちがうんだけれど、時期を選ばず一人ですることなら年末年始を選ぶ。年末年始の祝祭感にぶつけると気分がさらに盛り上がるためである。今年はどうしようかなと今から考えている。世界は広く人生は楽しいなあと思う。

 私がそのように話すと、よく飽きないねと友人は言う。長く繰り返して額面も据え置きなら飽きると思うんだけど。初体験じゃなくちゃいけないのがポイントだと、私は教えてあげる。年とって十万の価値が下がるのは、まあしょうがない、ていうか、同じ額面のお金の価値が自分にとって下がったのは貧乏から脱したせいなのでおめでたいことだ、年とったぶんいろんな経験を積んでるし普段の娯楽費も増えてる、だから、たとえば普通に旅行をしてそこに新しい何かを十万で足せばいい。そしたらじゅうぶんわくわくできる。

 今年はどうするのと友人が訊く。自転車かスカイダイビング、と私はこたえる。自転車については、いわゆるママチャリしか乗ったことがないまま生きてきたのだけれども、先だってマウンテンバイクに乗る機会があり、「町中でも良い自転車に乗ったら楽しいよ」と聞いて、なんだかその気になった。クロスバイクというのを買って自転車通勤をしてみたい。でもスカイダイビングも気になる。

 楽しそうだねと友人は言う。楽しいともと私はこたえる。そのうち楽しくなくなるよと友人は言う。友人は高給取りである。私にとってこの場は年に一、二度の贅沢なディナーだけれど、友人にとってはそう珍しくもない外食にすぎない。私は友人を見る。実年齢より若く見え、顔色も明るい。こなれた着こなしで、髪なんかさっき美容院から出てきたみたいだ。それでも(あるいはだからこそ)、その内側の疲れがよく見えた。この人は倦んでいる。何もかもに慣れて、何もかもが新鮮さをうしなった世界にいる。

 心配することはない。友人は言う。あと十年もすれば身体のあちこちにガタが来て、あっちが痛いこっちが痛いと騒いで退屈する暇がなくなる。健康と長生きが何より大切になって、健康法のジプシーみたいになる。それまでやり過ごせばいい、こうして人と話して、酒を飲んでぼうっとして。

 そう、と私は言った。否定でも肯定でもない便利なせりふを使った。三十四十で人生に飽いた人が五十になったからといって健康のために奔走するとは思われなかった。そんな都合の良い話があるはずがなかった。五十になろうと六十になろうと、たとえ重い病を得ようと、そうかそうかとうなずいてひととおりの医療を受けてすぐ退屈するに違いないと思った。でも言わなかった。代わりにこう言った。病気になるのも死ぬのも新しい経験だからね、せいぜい楽しまなくてはね、そうだ十万あったら人間ドックの、脳の検査とかついたやつ受けられるんじゃないかな、私やってみようかな。

失言を待ち続ける

 部下からのハラスメント報告を持って担当部署に行く。私の部下にハラスメント発言をした人物はもともと私にも失礼で、ハラスメント防止などというかけ声がかけられる前から失礼だったので、新卒三年目あたりで反論と録音と当時の人事部責任者への報告を実行したところ、その後は申し立てるほどの被害がなくなった。けれどもそれは私にかぎってのことで、容易に言い返さない者には差別的な発言を繰りかえすのである。

 人権感覚がなく意識しないまま他者を侮辱するのであれば、単に教育が行き届いていないだけの人間である。それはそれでもちろん迷惑だが、私がより軽蔑するのは、相手を見て差別的な発言をおこなうかどうか決めているタイプの人間だ。石を投げれば噛みつかれるとわかった相手にはしない。噛みつかない相手にだけ石を投げる。石を投げるのが不当だというコンセンサスがこの世にあることは知っているのだ。知っていてなお「自分には石を投げる権利がある」というような、理路のない特権意識を持っている。こういう連中には一刻も早く絶滅してほしいと思っている。

 私が報告を終えると、担当の一人がもう一人の顔を見た。そうして言い合った。どうですかね。どうでしょうねえ。残念ながらこの程度では。ええ、そうですね。私はがっかりして小さい声で言った。そうですか、この会社では今回の報告をハラスメントと判断しないと。

 担当者たちは苦笑した。まさか、と言った。裏付けはとりますが、この発言ならハラスメントは成立しますよ、かなりあからさまです、見過ごされるはずない。私はほっとして、良うございました、と言った。それから尋ねた。ならば、残念ながら、というのは、何のことですか。彼らはさらりと言った。この程度の発言では残念ながらくびにはできないってことですよ。

 私が黙っていると、彼らは言う。これから一般論を話します。特定の誰かの話ではない。ええ、一般的な話です。あのね、勤務中に会社で、人前で、人種差別発言や女性差別発言を繰りかえしている人間が、差別発言だけしていると思いますか。「自分は外国にルーツを持つ人や女性を見下せる立場である」という意識がダダ漏れなわけですよ、そういう人間が、周囲の社員への軽い暴言程度でおさまるはずがないんですよ。たとえばですね、本来の権限を越えて誰かに業務命令を発したり、会社の備品をちょろまかしたり、パートナー企業や顧客に失言をしたり、すると思いませんか。そうしたら経営陣としてはくびにしてやりたいと思いませんか。でも正社員は簡単にくびにできないんですよねえ。証言だけで証拠がないケースも多いし。

 そういう人は、自分の何がいけないのか説明されても、理解できないのでしょうか。私が暗い心持ちで尋ねると、彼らは笑った。笑われたのはハラスメント加害者ではなかった。私だった。何かおかしなことを申しましたか。私がそう尋ねると彼らは、だって、と言った。あんな人間に、説諭なんて、やってもどうせ無駄だけど、やりませんよ、あなた、可笑しなことをおっしゃる、僕らは彼が決定的なことをやらかすのを待っている。小さな不祥事を積み上げて合わせ技一本で首にできるのを待っている。それまでは形式的に始末書を書かせるだけですよ。早くじゅうぶんな「実績」を積み上げてほしいものです。

 私はおじぎして退出した。私はさみしかった。私は、どんなにいやな人間でも、一緒に働いている仲間だと、どこかで思っていたのだった。話せばわかると思っていた。話してわかってもらいたいと思っていた。ハラスメント加害者は制度にのっとって適切な説諭を受け、時に研修を受け、意識を変え、適切な行動をとるようになる。そういう筋道を想像していた。誰かが諄々と話せば加害者だってわかってくれるんじゃないかというような、幼稚な期待を持っていた。

 でもそんなのは持っても無駄な期待なのだった。自分の子どもでもないのに、教育サービスを提供しているのでもないのに、ただの従業員の人格を向上させる義務なんて、企業にはもちろんないのだった。企業の中核にある人々は、態度には出さないまま、ただただ「あいつ、いなくなってほしい」と思っていて、そのためなら誰かがまたひどいことを言われてもかまわないとさえ思っているのだった。

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ふられる時に本性が見える

 会社を辞めることにした。検索して提出書類を作成したものの、よく考えたら会社から書式を指定されるんじゃないかと思って、仕舞っておいた。最初は直属の上司と人事に話をするだけなのだし。

 仕舞っておいた書類の退職理由の欄には「一身上の都合」と書いた。ほんとうは理由などない。転職先は決まっている。今より自分に合うところに行くつもりだけれど、実際のところは入社してみないとわからない。でも他人に向かって「どうなるかわからないけど職場を変える」と言うわけにもいかないので、「転職が決まったから今の会社を辞める」と言う。

 待遇は上がるが、今後はわからない。待遇は実のところ転職の要因ではない。今の職場が嫌でたまらないわけでもない。それなら転職先が決まるより先に辞めている。そういう性格なのだ。

 結局のところ、単に「移りたいから移る」というのが真実だ。他人にはわかってもらいにくいけど、僕には立派な理由だ。放浪癖があり、確定された未来のようなものが見えると全力でそこから逃げたくなる、そういう人間だってこの世にはいるのだ。のたれ死にという言葉を美しいと僕は思う。野を歩きそのまま倒れて死ぬ。素敵だ。「俺が死ぬ日は大雨にしてやる」と言った作家もなかなかのものだけど、僕は晴れた日がいい。晴れていて、死体がすぐに乾くといい。

 僕は結構な社会性を備えているので、シリアスな顔をして直属の上司と面談し辞意を告げた。上司は、そっちかー、と言った。こういう呼び出しは辞めるか結婚するかなんだよねえ、あとは休職したいとか。えっと、次のところの入社予定日はいつ?了解了解、じゃあよしなにしておく。人事のね佐藤さんに連絡しておくね、今日午後くらいにきみからも連絡してね、うんCC入れてね、じゃあ。

 面談は一瞬で終わった。止めないのか、と僕は思った。べつに止めてほしかったわけじゃないけど、上司は僕を評価してくれていたから、なんていうか、ちょっとは惜しまれたい気がした。

 次に面談した人事の偉い人はとにかく無礼だった。話すのははじめてなんだけど、あまりの尊大さに仰天した。そりゃあ、出て行くって言われたらいい気はしないだろうけど、最低限の人間対人間の礼儀ってものがあるだろ。所定の書式はたしかにあって、偉い人はそれを指ではじいて寄越した。紙は計算したようにテーブルを滑り、床に落ちた。僕はさわやかに礼を言いながらそれを拾った。僕はとにかくさわやかに振る舞うことが得意なのだ。

 新しい職場に入る日にSNSの所属欄を書き換えると、僕の前に転職した元同僚からメッセージが入った。辞めた者同士で会うことにした。上司からの慰留、ゼロでさあ。僕は笑い話のつもりで言った。僕は自分のことを、少なくとも仕事に関してはドライだと思ってたけど、そんなことなかったね。止めてもらえないとちょっとさみしいくらいには感情的なんだ。「辞めないでほしい」くらい言ってほしかったな、うん。けっこうがんばって働いてたし、成果も出してたつもりだけど、そうでもなかったのかなあ。

 元同僚はいかにも僕を軽蔑した顔になり、それからこたえた。お前、それ、恵まれてるから。恵まれてる?僕が目で問いかけると、元同僚は言った。俺のときは、話したこともないお偉いさんが出てきて、俺が辞めたら損失が何百万と出る、だから訴えるって言った。ドスの利いた声で怒鳴られた。完全に恫喝だった。

 まじで。僕は訊く。まじで。同僚はこたえる。もちろん、訴えるなんてできっこない。ただの嫌がらせだ。でも転職という疲れる場面でなおのこと疲れたことはたしかだ。馬鹿だなって思った。狭い業界で、専門も決まってるんだから、将来また戻ったり求人の対象になることだってあるのに、あんな嫌がらせしたら何があっても絶対戻らない。それどころか人から「あの会社どう?」って言われたら「やめとけ」って言う。ああいうのが責任ある立場にいるんだから会社そのものへの評価を下げるべきだと俺は思った。

 雇ってた人間に辞めるって言われるのは、いわば振られる側だから、おもしろいはずがないんだけど、そういうときに本性が出るんだよ。お前の上司はお前が気持ちよく転職できるように振る舞ったんだろうと俺は思うよ。辞めない見込みがないなら引き留めてる暇はない、嫌な目に遭わないように手を回して気持ちよく見送る、それが相手のためだろ。

 そこまでいい人かなあ、食えない上司だったけどなあ。そう思いながらSNSを開くと、件の元上司から短いメッセージが届いていた。転職おめでとう。新しい会社で虐められたら、話くらいは聞いてあげよう。

自己決定しないためなら何でもする系

 部下がヤバイ。まじヤバイ。何がヤバイってホウレンソウがすごい。

 同僚が、自分は管理職に向いていないかもしれない、と暗い顔で言うので、とりあえず話を聞いた。やばいのはきみの語彙だ、まず、やばさの内実はプラスかマイナスか。私が尋ねると、意味するところはマイナス、すなわち「上司である自分に対する報告・連絡・相談が多すぎて危機感をおぼえる」ということらしかった。

 いいじゃん、と私はこたえる。うちのチームでは進捗確認と問題の共有をルーティン化してるよ、部下が勝手にやってくれるならこっちはラクじゃん。そのように煽ると彼は大きくかぶりを振り、「ヤバイ」の内実を言語化してくれた。

 彼の問題視する部下は非常に素直でまじめで、何ごとにも前向きに取り組み、入社一年半を迎えようとする現在も緊張感をうしなわない。それだけ聞くと良いことのようにも思えるが、誰が相手であっても、聞き流す、反発するといった態度はあってしかるべきだというのが、彼の言いたいことなのだった。仕事のしかたに完全な正解はないし、上司はもちろん不完全である。一年半も一緒に働いていれば「それは違う」「この上司はこの部分はたいしたことないな」と思うのが当たり前で、いつまでも目をきらきらさせてぜんぶ言うこと聞くのはおかしいだろうと、そう言うのである。最近はそのきらきらした目に恐怖を感じるとさえ言う。

 まあねえ、と私は言う。素直ないい子って、ある意味で怖いもんね、鵜呑みにされるのは怖い、生きた教科書じゃないんだから、見本は複数持ってほしい、そういう気持ちはわかる。でもそれだけじゃないでしょ、素直でいい子っていうだけじゃ、自分に管理職はできないのではないかと思うところまではいかないでしょ。

 彼は声のトーンを一段落として話を続けた。すごくいい子ではあると思う、ルールはきっちり守る、だから、まさかとは思ったんだけど、どうも妻子持ちのチームメンバーとつきあってるっぽいんだよね、俺と同い年の。

 私は椅子に座り直した。それから告げた。その人、「自己決定をしないためなら何でもする系」かもしれない。え、と彼はつぶやいた。いや、少なくとも仕事では、やり方教えればなんでも自分で決めてくるけど、決めてきて報告するけど。

 自己決定とはそういうものではない、と私は説明する。自己決定というのは基準をもらってそれに即して決めることではない。基準を自分で作ることだよ。いっけん自分で決めているように見えて基準はぜんぶよそから持って来たものだっていう人間はけっこういる。進路は親や先生が良いとされているものに近づける、外見は仲間うちで良いとされているものに近づける、趣味は他人から素敵だと言われやすいものを選ぶ、世間が悪いと言うことはしない、それがなぜ悪いかは吟味しない。私はそういう人を「自己決定をしないためなら何でもする系」って呼んでる。

 他者の基準に合わせるのって努力が必要なことだから、がんばり屋ではあるし、結果を出していることも多い。でもそういう人は、基準のあいまいなところに差しかかると新しい基準を探して更なる努力をする必要がでてきて、疲れる上に報われなくなってしまう。基準のないところに放り出されるとガタガタに崩れてしまう。

 それがなんで不倫に結びつくの。彼が訊くので、想像だけど、と私は言う。想像だけど、基準があいまいな中で不安になっていたところに、自信をもって仕事をしているように見える先輩が「俺の言うとおりにすればいい」と言ってくれて、しかも自分を特別扱いしてくれるから、世間で悪いと言われることだというストレスを感じつつも陥落するんだと思うよ。なんで結婚してる人と寝るのが悪いかとか考えたことがない若い子だったら、手練れの悪い年長者に言いくるめられてもおかしくない。女子の場合はさらに「自分より優れた男に付き従う恋愛は良いものだ」っていうしょうもない通念もあるし。直属の上司がいちばんそのポジションに近いんだけどね、きみはよほど好みじゃなかったんだね、彼女の。

 彼は行儀悪く背筋を曲げてテーブルに顎をつけ、がー、と唸った。がー、と唸り返すと、やだやだ俺もうやだ何でそんな人間ができあがっちゃうんだ、と嘆いた。自己決定する自由を得るためなら何でもするだろ、普通そうだろ、何で反対側に行くんだ。そうだねえと私は言う。私もそう思うけど、「普通」っていうのはたいそう恣意的なものだから、私たちはその言葉を捨てて他者を見なければならないと思うよ。がー、ってなるけど。

おばさんたちのいたところ

 アルバムを見ると、未熟児のための治療室から出て間もないころから、母親でないおばさんたちが、代わる代わる僕(だという気はしない脆弱そうな子)を抱いて、ばかみたいに大きな笑顔で写真におさまっている。おばさんたちは野太いものからかぼそいものまでさまざまの腕に僕と年子の兄の幼い日の姿を抱え、僕らきょうだいが小学校を出るあたりまで、なにかというと写真に写りこんでいる。誕生日、旅行、バーベキューやキャンプ、クリスマスだのハロウィンだのと理由をつけて集まっていたホームパーティ。

 父は内気で無口な人で、僕と兄の幼いころには、いつも夜のおぼろな記憶の、あるいは母の留守居の姿であって、眉根を寄せた笑顔をしている。父はおろおろと僕らをあやし、僕らは元気にだだをこねた。父はうまく僕らを叱らなかった。僕らを叱るのは母と「おばさんたち」だった。

 「おばさん」の筆頭にして代表は芙蓉ちゃんだった。芙蓉という名でフユと読む。僕らの家の近所に住んでいた母の五つ年下の妹で、母と父に次ぐ僕らの育児の主戦力だった。叔母は手先の器用な医療者で、僕らきょうだいが髪を切るといってははさみを持ち、熱を出したといっては勤務明けに顔を出した。叔母は僕が中学に上がるころに遅い結婚をしてその相手の国に職を見つけ、年に一度も帰ってこない。

 叔母がしょっちゅううちにいて僕らの面倒を見たので、そのほかのおばさんたちのこともとくにおかしいと思ったことがなかった。母の友人は職場の知己だの中高大学の同級生だの先輩後輩だので、ずいぶんとたくさんいた。僕や兄が名を覚えている者だけで1ダースを超える。そんなだから、僕と兄はなにかというと余所のおばさんが家に来ることや一緒に旅行に行くことを、当たり前だと思っていた。どうやらそれは、当たり前ではないらしかった。

 母の友人の「おばさん」たちはしばしば母に招かれて僕と兄のいるところに来た。幼い僕らをあやし、おむつを換え、着替えをさせ、風呂や温泉に入れ、寝かしつけ、手をふりほどくのを追って走り、車が通れば自分が先に轢かれる位置についた。僕らをその真っ白い、あるいは日に焼けた腕で抱きかかえて、世界のいろんな道をのしのしと歩いた。自分の子を連れて来て、あるいは子を持たず、幼い僕らのよだれを肩口にしみこませ、膝をついて鼻水を取り、泣く兆候を察知して巧みにごまかした。公共の場で騒げば僕らの目をじっと見てドスの利いた声で騒ぐべきでない理由をささやき、効果がなければ問答無用で僕らを引きずってその場を出た。
 僕と兄は幼いころ「誰でもいいやつら」という、えらく不名誉なあだ名をつけられていた。犯人はもちろん、おばさんたちである。自分の子を連れてきたおばさんのひとりが僕らをダシにしたことを、僕は覚えている。あのきょうだいを見なさい、とそのおばさんは言った。あのきょうだいは、誰でもいい、だっこしてくれるなら誰もいい、手をつなぐ相手は誰でもいい、あなたもそうあるべきです。ママ、ママ、っていつまでも言ってるのはあなただけ。よく聞きなさい。あなたに何をしてくれるのも、ママじゃなくていいの。まったくかまわないの。ママママ言って泣くのは、幻想です。
 おばさんたちは写真の中で、幼い僕らに足跡をつけられた服をそのままに、一緒に昼寝している。僕らの汚れた指を口に突っ込まれたまま僕らの口元をぬぐっている。そのうちのひとりが、今日、僕の家のリビングで母と向かい合って座っていた。あのねえ、と言った。わたし余命三年なのですって。
 僕はもう子どもではないから、おばさんたちが家に来ても放っておく。おばさんたちは相変わらずしょっちゅう僕の母を訪ねて来て、リビングで母と飲み食いしている。僕も兄も理由がなければそんなダルい場所に行かない。たまたまダイニングに水を飲みに来たらリビングからおばさんの声が聞こえた。だいたい三年、とおばさんが言った。それで、と僕は訊いた。別に反抗期とかじゃない。口を利くこともある。おばさん、死ぬの。
 おばさんは、うん、と言った。わたしは死ぬ。癌でじきに死ぬ。芙蓉ちゃんに治してもらおう、と僕は言った。それからその発言のあまりの幼さに狼狽し、今のは、と言った。今のはなし、とおばさんは笑った。昔、よくそう言ってたよねえ。芙蓉ちゃんにだって治せない病気がある、きみはもう、そんなこともわかっている、いい子だ、今の話は忘れなさい、おばさんたちは生きて、働いて、死ぬ、それだけのことだ、きみがそのことを気にしてくれたから、わたしは、ちょっとうれしい。いい子だね、おやすみなさい。