傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧

この町を出て、永遠に戻らなかった

東京の下町に生まれた。放課後の主な居場所だった区立図書館には「郷土の本棚」というのがあって、区内の歴史の本だとか、区内を題材にした落語を集めた本だとか、区内が登場する近代文芸のオムニバスだとか、そういうのが並んでいた。気が向いていろいろ読…

生徒会長から雲をもらった話

西脇くんは生徒会長でわたしは書記だった。中学生のころのことだ。わたしたちは素直ないい子で、クラスで推薦されて先生からもやってほしいと言われて全校生徒の前で選挙に出て生徒会をやっていた。わたしはピアノが得意で芸高の受験準備をしていた。西脇く…

好意なし、友情あり

いや、みんな、だいたい、おたがい、知ってます。部下がそう言うので、ははあ、とわたしは返した。間抜けである。部下は笑った。うちのチーム、お互いの私的な事情はだいたいわかってます。もちろん、濃淡はあるけど。「あの人は今年お子さんが受験だ」とか…

憤怒の才能

嫉妬って怖いですよね。歓送迎会でよく知らない人がそう言うので、そうなんですね、と私は言った。とくに意味のない、社交上のせりふである。歓送迎会はまとめてやるので、ふだんはかかわりのないよその部署の人がいるのだ。 そうなんですね。私が相槌よりや…

嘘つきサキちゃんの不払い大冒険

サキちゃんは小さいころから嘘つきでした。妹と口裏を合わせて凝った嘘をつくので、近所の人々から「あの嘘つき姉妹」と呼ばれていました。 嘘つきには、自分がついた嘘を嘘だとわかっている嘘つきと、自分がついた嘘をそのうちほんとうだと思いこむ嘘つきが…