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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

インドの道端で車の修理を待っていた話

 インド行こうよインドと彼が誘うと妻はかぶと虫を観察するみたいな目で彼を眺めまわし、行かない、とこたえた。半年ほぼ休みなし、お正月休みが二日間だったあなたとちがって、私は半月も休み取れないの。二、三日でもおいでよと彼はなお誘ったけれども、三日の休みでインドに行きたい人間がどこにいる、と尋ねかえされ、いない、と回答した。七つの娘も誘ったけれども、インドより学校に行くと言うのであきらめた。なんという立派な娘だろうか。カレーがあんまり好きじゃないからなんだけれども。
 そうして飛行機に乗って、着いてしまうと帰るまで妻にも子にももうなんにもしてやれない。当たり前だ、海外にいるのだから。休みに入ってから空港に向かうまで家事と子の相手をほとんどすべて彼がおこない、何でもすぐその気になる彼はすっかり家庭的な気分に浸っていて、だからインスタントにセンチメンタルなのかもしれなかった。
 変わり身に、彼は慣れていた。客先に長くとどまり、終われば本社に戻って、本社では定時どころか四時かそこいらで帰って、またすぐにどこかへ行く。地方の長期出張も多かった。妻も娘も彼がいれば嬉しそうにしてくれて、いなくてもとくに支障はない。彼になにかをしてもらわなくても彼女たちは平気だ。インドで死んでもたぶん支障はない。経済的にはちょっときつくなるけれども、そのために生命保険というものがあるのだし。
 さみしいような気がしないでもなかったけれど、彼が望んでそのような家庭を築いたのでもあるのだった。彼はぼんやりとそんなことを思いながら長距離を移動するバスに乗っていた。ヒンディー語が少しだけできるから田舎でもあまり不自由はしない。いいかげんな道を走るタイヤの振動で妻の残像が抜け落ち娘の残像が抜け落ち幸福でも不幸でもないような気になる。家族三人で行く少し張り込んだ観光旅行よりも、自分や妻の父母を加えての温泉旅行よりも、会社の仲の良い連中と行く雪山よりも、ひとりでバックパッカーをやっているほうが、ほんとうは好きなのだろうと思う。
 バスがあやしげな音をたて、それが少し続き、路肩に寄せて止まった。止まったときにひときわ不吉な音がした。みんながわあわあ騒いで、運転手が大きい声を出して、彼はぼんやりしていた。要するにバスが故障したのだ。JAFは来ない。だってインドだ。乗客がわあわあ言うのは変わらないけれども、声のトーンは少し落ちた。やがて対向車が止まり、彼は期待のまなざしでそれをながめた。乗客たちのテンションは彼ほど高くないように見えた。
 止まった車から降りてきた男はトランクをごそごそやって工具箱を取り出し、運転手とふたりでああでもないこうでもないと作業してから、去った。車は動かない。ぜんぜん動かない。あれはなんだったんだと彼が運転手に訊くと運転手は何を言ってるんだという顔で、直そうとしたんだ、と言った。そのあと止まった車は三台、全員が示し合わせたように工具箱を出し、ああでもないこうでもないとやって、首を振って立ち去った。腕に覚えがないのに止まるのかあ、と彼は思った。親切といえば親切だけど、役には立たないよな。
 乗客たちはバスを降りて立ったりそこいらに座ったりしておしゃべりをしていた。そのあと二台の車が停まるに至って、彼はだんだんおかしな気持ちになってきた。工具箱を積んでて腕に覚えはないけど無関係なバスの修理を試みようとする人間が、二時間で五人?ようすを伺うと運転手と停まった車の男が愉快そうに笑っていた。そしてバスが発車した。そうか、と彼は思った。じゃあ、俺も、そうしよう。日本に帰ったら、そうしよう。
 私がその謎解きをギブアップすると、彼はにやりと笑う。それでは正解です。あの町のインド人たちはね、適当な工具やなにかをのっけて走ってたんだ。車の修理に必要なものをぜんぶは載せられない、言うまでもなく。だから適当にする。それでどこかの車が壊れていたらなるべく停まって手持ちのものを試してやるんだ。あのときは五台目がちょうどいいのを持ってて、それで直ったというわけ。
 私はたいそう驚いた。なんだそのいいかげんな親切は。いいかげんでいいんですよと彼は言う。どんな車だって自動車修理工場をひっぱって走れない。自分の積める荷物だけ積んで、それで助けられそうな人がいたらとりあえずやってみればいい。たとえ娘が相手だって、俺はたぶんそれくらいしかできない、ぜんぶはきっとできない。走って、回りをみながら走って、誰かが故障してたらなるべく停まって、手持ちの工具箱を試せばいいいんだなって、思った。