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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

成就されないことによる愛の非暴力性について

 二十二歳の春、彼は静かにそこに落ちた。それは彼に浸透し彼の組成を不可逆的に変化させた。それは痛みのように自明だった。幼児は転んで泣いて周囲からああ痛いんだねと教わるけれども彼はあらかじめそれを本で読んで知っていた。これがそうなんだなと彼は思った。感覚に関するカテゴリを予習して自分の内的な現象にそれを適用することが彼にはしばしばあった。
 それは山の中の深い湖に似ていた。そこにいるとされる荒ぶる神のために古代から定期的にいけにえが投げ入れられてきた、しかし今はただ静かな湖だった。それは発生したときから彼自身に含まれていた。彼はそれを取り消すことができないと知っていた。それによって長く苦しめられることを知っていた。彼はそれを受容した。受容に関して、彼はちょっとしたエキスパートだった。彼は自己も他者もその人の外側からは彼/彼女がどうあるべきか決められる道理がないと端的に信じており、だから受容は必然であって、そうでない態度がよくわからないのだった。
 彼はそのようにして彼女と出会い、三年半のあいだ仲の良い同僚ないし友人でいて、そうしてずっと、好きですと言いつづけていた。あなたが好きです。俺とつきあえばいいと思います。彼女は笑って、もっと若い子にしたほうがいいと思うなとこたえた。おまえ相手にされてないなと別の同僚が言い、そうですねと彼はこたえた。それからもう一度彼女だけに言った。好きです。彼の三年半の新しい人生における真実はただその語のなかに存在する。彼はそれを彼の皮膚のあらゆる部分で明瞭に感知する。
 すばらしいねと私は彼を褒める。ありがとうと彼はこたえる。多くの人の目を引くのではない、痩せた仏像めいた顔だち。仏師を呼んで木像に封じて古都のお寺に置いてくるのが正しいような端正。私は質問をし、彼は回答する。
 彼女いくつ上なの。よっつです。なんだそんなのぜんぜんだいじょうぶ、私から見たらあなたも彼女もひとしく若い。私はそのように力説し彼はそのせりふが役立たずであることを知っているので苦笑する。聡明なので可哀想だと思う。
 橘くんとつきあったらなんでも許してもらって私だめになってしまう、だからいやなの、と彼女は言ったのだそうだ。彼があらかじめ彼女のすべてを受容していることを彼女は知っていた。あなたはすてき、私はあなたを好きになるかもしれない、でもそれは良いことではない、あなたは私の良いものではない。彼女はつまりそのように伝えたので、彼はいつものように、なにひとつ加工せずに彼女の返答をのみこんだ。
 それはそれとして二十二歳より前にもあとにも橘くんには断続的に彼女がいたじゃんね。それはどのような種類の関係性なの。私が再度質問すると少なくとも恋以降においてそれは正しくない関係性ですと彼はこたえる。でも最低限のものを食べないと俺は飢えて死ぬので。最低限の感情と接触と、あわよくばパートナーシップ、と私は口にする。彼は首肯する。でもそんなのはだいたいすぐに終ります、マキノさんだっていつか言ってたじゃないですか、うまくいくかもしれないと思って適当な相手とつきあったってろくなことにならないって。でも適当じゃない相手だっているかもしれないと私は反駁する。それがみじめなものでなければならない理由はない、飢えて摂るのがすばらしい食事であってどうしていけない。いけませんと彼は言い聞かせる。だって俺はあの人がそれをあげようと思う人間ではなかった、だからしかたなくよそでまがいものを探すので、それがみじめじゃなかったら、嘘じゃないですか。
 私はつくづく感動して言う。私、「好きになったら好きと言う教」の教徒で、しかも十年に一度とかしか恋に落ちない、そして一時的にでも許容される、するとそれはろくでもない欲にまみれる、だから、片思いをしたことがなくって、その純度の高さがうらやましい。愛は暴力だと私は信じていたけれど、その片恋はおそろしく非暴力的だよ、そういうのを保持するのってすごく気持ちよさそうだよ。
 彼はまた苦笑してそう思うのはマキノさんが変態だからですとこたえる。俺は、健常なので、苦しいです、いつも、とても。いい話と私は繰りかえし、いい話すると私、書いちゃう、と釘を刺す。どうぞと彼はこたえる。私は彼らが私なんかに大切な話をしてそれをいいように書かれてインターネットに流されて平気な顔をしている理由が少しもわからない。私はいま、かつての無害な洞窟ではない。王さまの耳はろばの耳と彼らが言った、そのせりふとそのようすを切り刻んで化合して私は、些末な娯楽を得ているのに。