傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2018-03-01から1ヶ月間の記事一覧

嘘つきの親

今年の桜は早く咲いた。子はまだ桜についてはよく知らない。はな、と僕は言う。おはなみ、と言う。子は気に入りの小さなリュックサックを背負っているために機嫌がいい。走らない、と言う。手をつなぐ。駅に着いたらベビーカーに入れる。空いてはいるが、電…

嘘つきの奥歯

左上の奥歯が痛むので歯科医にかかった。毎年定期検診を受けて歯石を除去してもらっている、なじみの歯科である。歯科医院は小さなオフィスと住居が混在するマンションに入っていて、その建物にはちかごろよく見る「民泊禁止」の紙が貼ってある。 歯科衛生士…

嘘つきの子ども

母の前で僕は嘘つきになる。母が年をとって弱ってだめになって問題を起こすから、ではない。昔から僕は、親の前で嘘をついていた。 僕の自己認識はとうの昔に「自分の両親の息子」であるより「自分の娘の父親」である。しかし子は成長する。じきに成人する娘…

ある腕時計の死

わたしの時計が止まった。電池式の腕時計である。わたしはこの時計が永遠に止まらないような気がしていた。正確には、わたしが死ぬまで動いていて当たり前だというような、そういう気分で、毎日腕に巻いていた。でももちろんなくならない電池なんかないので…