傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

若い子はインターネットでどんなの見てるの

 最近の若い子はインターネットでどんなの見てるの。
 そのように尋ねると、後輩はたっぷり二秒、意味ありげな顔をして、わたしが子どもだったときのお父さんみたいですね、と言った。わたしのお父さん子育て何ひとつしてなかったからたまに話しかけてくるときにはそんな感じでしたよ。最近は何がはやってるんだ、とか、学校は楽しいか、とか。
 ごめん、とわたしは言った。おっしゃるとおり、相手にろくに関心を持っておらず関連情報を収集する手間もかけていない人間の典型的な質問でした。される側にとってはほんとうに意味のない、むなしい穴埋めのような質問といえるでしょう。たいへん申し訳ない。
 すると後輩はなぜか爆笑して「わたしのお父さんへのdisがすごい」と言うのだった。いや、お父さんをそこまでdisったつもりはないっていうか、だってあなたがそういう意味で言ったんでしょうよ。

 そもそもねえ、さっきの質問、「インターネットでなに見てる?」っていう質問、けっこうセンシティブじゃないかなって、わたしは思うんです。
 後輩が言う。
 わたし今年三十になるんで、「今の若い人」として括るのはどうかと思うんですけど、メディア関係の質問で「今の若い人」ってせいぜい二十代前半までじゃないかと思うんですけど、ええ、そうです、わたし、もうそんな年齢なんですよ、いつまでも最若手扱いするのやめてください、そういうのってすごく年寄りくさいです、十年以内だとだいたい「最近」になっちゃう、その感じ。しっかりしてくださいよ、まだ高齢芸が許可される年齢じゃないでしょ。
 うん、「インターネットで何見てるか」の話に戻しますね。
 もしも正直にぜんぶ見てる内容を言ったら、その人のいろんなことがわかるんじゃないかと、わたしはそう思ってます。本人が見せたくない部分まで推測されると思う。センシティブっていうのは、そういう意味です。わたしくらいの年齢だと「とくに親しくない人用に言う『よく見るYouTube』」をいくつか準備してある人が多いと思う。当たり障りのないものを。
 Youtubeだけじゃなくて、SNSとかも同じなんですけど、あまりに細分化された大量のコンテンツと発信者がいるわけでしょう。その中でも人気のあるものは少数だけど、昔のテレビや雑誌、タレントや作家の数とは比べものにならない。
 しかも「これが好きな人はこれも好き」が誘導されやすいですからね、そうそう、アルゴリズムで。だから文化圏ができやすい。
 何ならちょっとした言葉遣いで「ああ、あのへんの人か」とわかることすらあります。文化圏には固有の言葉遣いが発生するもので、たまたま特徴的な言葉遣いを身につけてしまうことがあるんでしょうね。
 そこまでいかなくても、「あれを見てる人」のイメージは、各コンテンツ、各発信者にあって、わたし、当てられますよ、けっこうな確率で。

 わたしはびっくりする。そして言う。えー、じゃあ、わたしこの数年はジムとかでPodcastを聴いてるんだ、登録してる番組あててみて。
 後輩は余裕綽々という口調で、「このへんでしょ」と言う。挙げたのが番組名ではなく運営会社(このへんやがってるやつ、という言い方だった)だったので、ずるいといえばずるいが、ばっちり当たっていた。三つ挙げたうち二つ当たっていた。すごい。
 後輩は手振りで「どうだ」と示してから、話を続ける。
 先輩のPodcastの場合はめちゃくちゃわかりやすくて、ほら先輩ずっと会社のハラスメント対策に駆り出されてる系の女の人じゃないですか、そういう人が聴きそうな番組ってあるんです、しかも先輩は音楽がたいして好きじゃなくて、本の話とかがいいはずで、マイナーどころを掘る気力はないから、そこそこ長く配信してる有名なところにおさまるはずなんですね。
 あ、とわたしは思う。なるほど、思想信条だとか、生活のしかただとか、勉強してきたことみたいなバックグラウンドについても推測される可能性があるのか。それを勝手にジャッジされたりもするだろう。
 なるほど、そんなの軽々に訊いていいことじゃないな。

 そう、と後輩は言う。実際、性格診断が流行したときに、わたしの同級生が「ああいうの好きでプロフィールに書いちゃうタイプって、ねえ」と言って笑ってましたよ。わたしは、性格診断は興味ないですけど、その笑いかたは、嫌でした。
 後輩は口をつぐむ。そして「わかったか」という顔をする。わたしも「わかった」という顔をつくる。なるほど、センシティブだ。